カテゴリ:本と雑誌で心の旅を( 24 )

ワインを買って、村上春樹について考える

先日、スーパーでチーズを買おうと思ったら、チョコレートチーズデザートなるものを見つけたので買ってみた。雪印とロイズがコラボして作ったものだという(食べてみたら全然おいしくなかったのでお薦めはしない)。

チーズを買ったついでにワインも買った。ボルサオ(BORSAO)というスペインのワインである。気軽に買えるテーブルワインだが、「ロバート・パーカー絶賛」と書かれた札が瓶の首に掛かっていたから、試しに買ってみたのである。ロバート・パーカーは世界的に影響力のあるワイン評論家で、私がこの人の名前を知ったのは、福田和也の書いた本によってだった。

それは『作家の値うち』という本で、ワイン評論家のパーカーがワインを点数で評価しているように、小説を点数で評価しようと試みた野心作である。この本の中で福田和也は、日本文学における現役作家の中から、純文学作家50人、エンタテインメント作家50人をそれぞれ選び出し、主な作品を100点満点で評価しているのだ。

小説を具体的な点数で評価するという試み自体が前代未聞で、これは過激で面白そうな本だと思って手に取ったのだ。もうだいぶ前に読んだ本だし、既に売ってしまって手元にはないので細部は覚えていないが、なかなか楽しく読ませてもらった。ただし、私はエンタテインメント系の小説をほとんど読まない人間なので、エンタテインメント作家の評価に対しては、それが妥当なものなのかどうか、まったく分からなかった。

さて、世間では福田和也のことを嫌いな人も結構いるようだが、私は、彼が普段どんなことを言っているのかよく知らないので、特に好きでも嫌いでもない。しかし、本書の中で彼は村上春樹を非常に高く評価していて、その点においては極めてまともな感性を持った人だと、当時の私は思ったものだ。

春樹のことを過小評価する、というか、ほとんど嫌っている批評家や作家もいる中で、この福田和也の春樹に対する高評価には、思わず膝を打ったのを思い出す。

さて、だいぶ前のことだが、エンタテインメント系の小説をあまり読まない私が、試しに東野圭吾の小説を読んでみたことがある。とてもよく売れている人だから、きっと面白いのだろうと思ったのだ。読んでみると、たしかに物語は大変面白い。しかし、彼の文章を読むことそのものに何か快感を覚えたかと言えば、まったく覚えなかったというのが実感である。

私は、物語が面白いかよりも、どちらかというと文章を読むことそのものがもたらす快楽を重視する質なので、いわゆる純文学のほうが好きなのだ。

乱暴な言い方をさせてもらえば、文章は良いが物語はさほど面白くない純文学とか、物語は面白いが文章自体は魅力が薄いエンタテインメント小説、というのはたくさんあるだろう。

かつて村上春樹が米国の作家ジョン・アーヴィングと話したとき、「読者を自分の文体の中毒にしてしまうことが大事なんだ」という趣旨のことを、アーヴィングが語ったらしい。いったん中毒にしてしまえば、読者は新刊が出るのを心待ちにしてくれる、と。

村上春樹の独自性の一面は、まさしく、その文体の魅力にあるだろう。
彼の文章というのは、不思議なくらい淀みなくスラスラと読めてしまう。これは、物語が面白過ぎてページをめくる手が止まらない、というのとは少し違う気がする。むろん、彼が書く物語は抜群に面白いのだが、何よりも文章自体が持つリズムとかテンポに秘密があるように思う。
別に、ものすごくリズミックな文章だというわけでもない。むしろその逆で、強調感がまったくなくて、リズムが良いかどうかということ自体が読んでいる人間の意識に上らないくらい、きわめてナチュラルなリズムでありテンポなのだと思う。

文章そのものが、そうした無意識的なリズムの良さを持っているからこそ、彼独自の比喩や哲学的な言い回しが、嫌味にならずにスッと心の中に入ってくるのだと思う。彼の小説は、現実にはありえない出来事が起こったり、ありえない物事が現れるというファンタジー性も持っているが、それらを不思議なくらい自然なこととして読者が受け止めてしまうのも、その文体の持つ魔力ゆえだろう。
読者は、その文章から生み出される彼独特の静かで濃密な世界にすっぽりと入り込み、他の場所では得られない快さを味わうのだ。

いわゆるハルキストというのは、まさにそうした春樹の「文体中毒」になってしまった人たちなのだと思う。
かく言う私自身は、胸を張って「自分はハルキストです」と宣言できるほどの熱狂的なファンではないが、やはり彼の作品が持つ独自の世界に絡め取られてしまっているのは事実だ。

そして彼の素晴らしいところは、そうした文章の持つ魅力のみならず、(上にも書いたが)物語が抜群に面白いことである。大ブームを巻き起こした『1Q84』など、まさしく純文学のクオリティを持つ文章によって最高のエンタテインメントを綴ってしまったという、ある意味奇跡的な作品だった。

かと思えば、例えばデビュー作の『風の歌を聴け』のように、ほとんどストーリーらしきものが存在しないような、短い断片をつなぎ合わせたような作品であっても、その文章の持つクールな感覚やポップで美味しい言葉でもって、読む者を魅了してしまうのだ。

他にもエッセイだって面白いし、レイモンド・カーヴァーを翻訳した一連の作品集も最高に素晴らしい。
まあ要するに、村上春樹は現代に生きる天才だ、ということである。

by raccocin | 2014-09-14 23:02 | 本と雑誌で心の旅を

『色彩を持たない〜』を読了

今日は、奥様が所用で出かけているので、会社を休んで家で子守り&留守番をしています。昼間から、冷えた白ワインを飲みながら書いてます。

さて、村上春樹の新作、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読み終えた。
4月にこの本が発売されたその日に買ってきたのに、今頃になって、やっと読了である。ここまで時間がかかったということ自体が、私のこの本に対する印象をある意味物語っているだろう。

もちろん、私は春樹の文体(独特の上手い比喩も含めて)、そして何よりその世界観が好きなので、最初から最後まですらすらと読めたし、決して退屈させられることはなかったのだけれど。

さて、この小説のストーリーは、簡単に言うとこんな感じ。

《高校時代から続いている仲良しグループから、大学2年のとき、理由も明らかにされず自分だけつま弾きにされた青年。それ以来ずっと封印していた心の傷に向かい合うため、30代半ばになった彼は、真相を明らかにすべく立ち上がる》

これって、並の作家が書いていたら、とてつもなく退屈で感傷的な小説になってしまっていただろう。
それを、こんなにも読み応えがある作品に仕上げる手腕は、春樹先生、やっぱり凄いとは思う。いつもながらの、静かだが濃密で、読み手のイマジネーションを豊かに広げてくれる春樹ワールド。
それに浸ることができて、今回も良い時間を過ごさせてもらったという気持ちはある。しかし私は、それ以上の感慨は受けなかったというのが正直なところだ。

前作の『1Q84』が、あまりにも大傑作だったせいもあるだろう。あれと比較すると、どうしても小粒に見えてしまうのは仕方がない。古くからの春樹ファンが読むならば間違いなく楽しめるだろうが、初めて読む春樹の作品としては、あまりお薦めできない。

じゃあ、初めて春樹を読むのなら、どれが良いかって?
私のお薦めは、『風の歌を聴け』、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』、『1Q84』あたり。

長いのは嫌だという人は、もう圧倒的に、デビュー作の『風の歌を聴け』がオススメ。
この小説ときたら、ストーリーらしきストーリーは無いと言ってもいいくらいなのだが、クールかつポップな言葉の魅力だけで、存分に楽しませてくれるのだ。この人も、若い頃はこういうものを書いていたのです。

これが気に入ったら、後に続く『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』も大好きになること請け合い。
これら初期3部作は、私にとって宝物だ。実を言うと、さほど読み返したりはしていないのだが、あれって良かったよなあと思い出すだけで、なにか心がほんのり暖まり、切なくなってしまうような魅力的な作品群なのだ。

もしも、こういうものを大学時代に読んでいたら、学生生活の一日一日を、もっと大事にしていただろうになあと想像してしまうような作品群である。私が春樹を読み始めたのは社会に出てからだったのだが、学生の頃から読んでいればよかったと悔やんだものだ。

そんなこと言われてもピンと来ないって?
まあ、ここはひとつ騙されたと思って(騙されたくない人も)、ぜひ読んでほしい!
by raccocin | 2013-06-05 15:37 | 本と雑誌で心の旅を

週刊ブックレビューが終了

NHK-BSでやっていた「週刊ブックレビュー」が終わるということを、週刊誌で関川夏央が書いていた。そうか、遂に終わってしまうのか。もう20年も続いていたらしい。

一時期この番組が好きで毎週見ていたものだが、正直飽きてしまい、ここ何年かはまったく見なくなっていた。しかし、いざ終わってしまうとなると淋しく思う。

毎週見ていた時期にしても、番組内で紹介された本を買って読んだかと言うとそうでもなかったんだけどね。でも、この番組がなければテレビになどまず出なかったであろう作家たちが多数出演し、あれこれ語る姿を見られるという、そこが面白かったし貴重でもあった。上述の関川夏央も結構出ていたっけ。

長年司会を務めた児玉清も亡くなってしまったしなあ。この番組が終わるのは、本読み文化(?)が衰退しつつある時代の象徴のような気がして、やっぱり淋しいね。

最終回を記念に録画しておこうと思っていたのに忘れてしまった。でも、今日(18日)深夜2時15分からBSプレミアムで再放送するらしい。過去に放送された映像を蔵出しするというから、本好きの方は最終回を見て、しみじみしましょう。そして、読書の楽しみの灯が消えぬよう、未来へ受け継いでいきましょう。
by raccocin | 2012-03-18 23:34 | 本と雑誌で心の旅を

ドトールでオーディオベーシック

土曜日の今日は、近所の美容院で髪を切り、ドトールへ行って「オーディオ・ベーシック」というステレオの雑誌を読んだ。

最新号は「一点豪華主義!」という特集。
私が使っているMAJIK DS-Iを核にしたシステムプランが紹介されていて嬉しくなる。

実際のところ、約50万円のMAJIK DS-Iに、今使っているNINKAくらいの、要するに20万円程度のスピーカーを組み合わせていくのが、私にとって持続可能なオーディオシステムということになるだろう。他にケーブルとかのアクセサリー類もたまには欲しくなるだろうしね。

それにしてもこの記事を担当した和田博巳さん、「ステレオサウンド」最新号の特集「プレミアムコンパクト」の中でも、やはりMAJIK DS-Iの記事を書いている。
ひょっとするとひょっとして、LINNが袖の下を使ったとか。あいや、これは穿ち過ぎでしょうか。和田さん、すみません。

他には、ブルーレイの音楽ソフトがスゴいぞという記事などを楽しく読んだ。
この雑誌はステレオサウンドと違って、バカ高い製品が主役でないところが庶民の私には嬉しい。

こうやって、お店でコーヒーを飲みながらのんびり過ごすのって、家で過ごすのとはまた違ったくつろぎ感があって良いものだ。

家にいると、あれがしたいこれがしたいと、ある意味邪念が湧いてくるが、店に入ってしまえば、持ってきた本なり雑誌なりを読むしかないし。
by raccocin | 2010-10-02 20:55 | 本と雑誌で心の旅を

1Q84 BOOK3を買いに

仕事が終わってから職場近くの本屋に行った。『1Q84 BOOK3』を買うためだ。

まっしぐらに文芸書の平積みコーナーへ。しかし、そこに置いてあったのはBOOK1&2だけ。その隣にはポッカリとスペースが。売り切れだ・・・。

今回はたくさん刷ってあるから大丈夫、とたかをくくっていた私がアホだった。昼休みに買いに行けば間に合ったかもしれないのに。

店員さんに聞くと、入荷は来月になるらしい。でも仕方がないので注文しておいた。まあ、楽しみが後に延びるのもまた一興か。子どもの頃、寿司ネタで一番好きだった「いくら」は、いつも最後に食べていた私だから。
by raccocin | 2010-04-16 23:20 | 本と雑誌で心の旅を

1Q84 BOOK3 発売前夜

昨年大ベストセラーとなった、村上春樹の『1Q84』BOOK1&2。その続編であるBOOK3が、いよいよ明日発売される。

BOOK1と2は品薄になっていた時期もあったようだが、今回のBOOK3は初めから60万部刷ってあるという。だから予約しないでも買えると思う。
それにしても、発売前から60万部も刷る本なんて聞いたことがない。おそるべし、村上先生。

さて、やはりBOOK3でこの物語は完結するのだろうか。
あの大作『ねじまき鳥クロニクル』も3巻で完結させていた先生だから、おそらくこれ以上物語をだらだらと続けることはしないと思うが、一人のファンとしては、BOOK4、BOOK5くらいまで読み続けたい気もしてくる。3巻くらいできれいに終わらせるのがカッコいいとは思うけれど。

私は、早速明日、書店に走るつもりだ。ネット書店から送られてくるより、リアル書店にド〜ンと平積みになったところから買ったほうが嬉しいからね。

『1Q84』とはすなわち、純文学の文体で語られる最高のエンタテインメント。読み終えるのがもったいないくらいだ。
by raccocin | 2010-04-15 22:09 | 本と雑誌で心の旅を

柳井社長の歳を知ってビックリ

新聞を読んでいたら、ユニクロの柳井社長の記事が載っていた。何気なく年齢を見て驚いた。もう60歳だという。せいぜい50くらいと思っていた。

顔には目立ったしわが無いし、ほうれい線もごく浅い。
写真に多少の修正が施されている可能性があるにしても、若く見えるのに違いはない。ひょっとして美容整形してる? ボトックスとか。

ところで柳井社長、『成功は一日で捨て去れ』とかいう本を出したらしい。
こういう、ひたすら前を、上を向いていて拡大志向の強そうな人、あまり好きではないが、まあひとつ読んでみてもいいかと思う。
by raccocin | 2009-10-22 00:33 | 本と雑誌で心の旅を

1Q84 傑作の誕生

『1Q84』を読了した。
村上春樹の小説を読むのは『ねじまき鳥クロニクル』以来なのだが、あらためてこの作家の、物語を展開させる想像力のスケールの大きさに感心した。
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丹念にディテールを積み上げていき、物語に読み手をグイグイ引き込んでいく、その力強く優雅な技。そして、あの独特の素晴らしい比喩は相変わらずだ。突飛でありながら的確で、時には詩的ですらある。

実際にはありそうもない話だし、ありそうもないモノやシチュエーションが多々現れるのだが、それらを本当にあるかもしれないと読み手に思わせてしまう強靭な説得力がそこにはある。

文体だけを取れば、若い頃の文体のほうが簡潔で私は好きだ。それに、ある種のポップさ、爽やかな感傷、それらも私は大好きだったのだが、そういったものもここには既にない。

その代わり、作家の成熟がもたらした、限りなく豊穣な世界があるのだ。
『羊をめぐる冒険』と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が合体したような作品という印象も持った。

純文学、エンタテインメント、そうした分類をすることの無意味さを、あなたはこの作品を読んで痛感するだろう。そんなものを完全に超越した傑作が、ここに誕生したのだ。

小難しい分析は批評家に任せておいて、本を読むという深い快楽に、ひたすら浸ってほしい。本作は、それを最高の形であなたに与えてくれるだろう。
by raccocin | 2009-08-09 23:25 | 本と雑誌で心の旅を

1Q84

読書人の間で話題沸騰中の村上春樹『1Q84』を買って、今読んでいる最中だ。

私は、たしか大学を出た頃(90年代初め)から春樹を読み始めて、それからハマってしまい、長編に関してはすべての作品を読んだ。

でも、それも『ねじまき鳥クロニクル』まで。
ひどかったのはその前の『国境の南、太陽の西』。それまでの春樹らしからぬ、べとついた情緒に辟易して、「もうこの人も終わりかな」と思った。ところが、次に大作『ねじまき鳥』が出ると、よくあるファンの習性で「やっぱり読まなきゃ」となってしまい、つい買ってしまったのである。

しかし、あの話は長い割に感じ入るところが少ないというか、ここまで長くする必要があるのかという感想を持った。長ければ長いほど読みがいがあって良い、というような人にはウケたかもしれないけれど、私には今ひとつピンと来なかった。

やっぱり、この作家はデビュー作からの3部作と、それに続く『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、ここまでが黄金時代なのだと私は結論を出し、『ねじまき鳥』後の新刊は出ても買わなくなった(エッセイ、翻訳は時々購入)。

ところが、発売以来バカ売れしているという『1Q84』の存在が気になってしまい、職場の同僚に借りて読み始めてみると、これが実に面白い。すぐにネットで上下巻を注文、おまけに、作中に頻出する「ヤナーチェク/シンフォニエッタ」のCDまで買ってしまった次第。

『世界の終わり〜』同様、2つの物語が交互に現れる体裁を取っていて、上下巻それぞれ24章という構成になっている。それは、作中にも出てくるバッハの平均律クラヴィーア曲集を思わせる。

「青豆」が長調、「天吾」が短調として交互に現れ、24曲で第1巻が終わり。同様に第2巻があるという感じ。

春樹先生、ひょっとしたらひょっとして、「俺が文学界の平均律を作ってやる!」という意気込みなのだろうか。だとしたら凄い。凄過ぎます。

今、もうすぐ第1巻を読み終わるところ。後半が楽しみだ。
by raccocin | 2009-08-02 12:25 | 本と雑誌で心の旅を

日本語が亡びるとき

水村美苗『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(筑摩書房)を読了した。

著者は、12歳のときにニューヨークへ移住、アメリカの大学で仏文を専攻したお方。
しかし、いや、だからこそというべきか、日本語という言語を愛していて、美しい日本語を守っていかなければいけないと思っている。

でも、私はこの本を読みながら、なんで日本語なんていう複雑怪奇な言語を使う国に生まれちゃったんだろう、という気もした。できることなら、英語圏に生まれたかった。
自分が普段使っている言語が、勝手にどんどん世界標準になっていくのを目の当たりにしたら、これは痛快ではないだろうか。

あ、でも、フランスに生まれて、かつ英語もできるなんていうのが一番カッコいい気もするけれど。

《以前『ニューヨーカー』の書評で、ジョン・アップダイクが、英語で読んでいる限り、漱石がなぜ日本で偉大な作家だとされているのかさっぱりわからないと書いていたのを読んだときの怒りと悲しみ。そして諦念。》

なるほどね。たしかに悔しい。
ここで意地悪く、「日本語訳で読んでいる限り、ジョン・アップダイクがなぜ米国で偉大な作家だとされているのかさっぱりわからない」なんて言い返すことも可能だが、そんなことを言ったって、「だったら英語で読んでくれたまえ」と返されたら、ギャフン、である。

もはや、英語の力は押しとどめようがないのを、そして自分が普段使っている日本語という言語が、いかに特異なものであるかを、あらためて実感する一冊。
by raccocin | 2009-02-01 21:37 | 本と雑誌で心の旅を


考えることが好きで、のんびり屋。5歳男児の父。音楽、映画、アート、コーヒー、それにワインを愛します。完全禁煙のお店も好き。


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