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日本人は、ドイツ語の“w”をなぜ「ワ行」読みするのか

村上春樹がドイツの「ウェルト文学賞」(Welt Literaturpreis)を受賞して、授賞式で講演をしてきたらしい。そのこと自体は、春樹ファンからすると、もちろんめでたくて結構な話なんだけど、この「ウェルト」っていうのが、またもや日本人お得意のデタラメ発音なので懲りずに指摘しておこう。

ドイツ語の“w”は、母音の前では[v]の音になるので、カタカナで書くなら「ヴ」がふさわしい。だから「ヴェルト文学賞」が、あえて言うなら正しい表記である。ところが日本人は昔から、なぜかドイツ語の“w”を、ローマ字風に読んで「ワ行」の音として表すという珍妙な癖がある。

オーストリアの首都“Wien”(ヴィーン)のことを「ウィーン」と言い(肝心のウィーンの地では[w]に近い音で発音されるらしいが)、作曲家の“Wagner”(ヴァーグナー)のことを「ワーグナー」、だから彼の楽劇“Die Walküre”(ヴァルキューレ)も「ワルキューレ」になってしまう。他にも数え上げればたくさんある。

まあ、上に挙げたような言葉は大昔に日本に入ってきたわけだから、間違った読み方で完全に定着してしまっているものを、今さら正すのは難しいと思う。

でも、「ヴェルト文学賞」などというものは、昔から日本人が知っている言葉でもないだろう。調べてみたら、1999年に創設された賞だという。そういう比較的新しい言葉まで、ご丁寧に日本の「伝統」に則って「ウェルト文学賞」とローマ字読みで表記する感覚は、一体どう理解すればよいのだろう。そこまでして「ワ行読み文化」を頑に守りたいのだろうか。

外国語をカタカナで表記することに限界があるのは当然だが、それにしても、できるだけ原音に近い音で表記しようとするのが、言葉で物事を伝えることを職業とする人間の誠意ではないだろうか。いったんメディアによって間違った発音が広められると、それを正すのは現実的に考えてきわめて困難になってしまう。
それとも、「間違ってたって、日本人の間で通じりゃいいじゃん」とでも思っているのだろうか。もしそうだとしたら、言葉に対する誠実さを欠いていると非難されても仕方がないだろう。

おっと、少し真面目になりすぎた。ではウィーンの話が出てきたところで余談を。
いわゆるウィンナーソーセージのことを、ドイツ人は「ヴィーナー」と呼び、オーストリア人は「フランクフルター」と呼ぶらしい。こんな庶民的な食い物は、ドイツ人もオーストリア人も、向こうの国からやって来たのに違いない、とお互いに思っているそうです。

by raccocin | 2014-11-08 22:49 | 苦手なくせに外国語が好き

ツイッターを始めて1か月

今月に入ってからブログのアクセス数が激減している。1日あたりのページビューが、それまでの平均と比して半分か、それ以下の日も度々だ。最近ツイッターばかりやっているせいかと思ったけれど、前回ブログを更新したのが9/28で、アクセス数が減り始めたのがその直後の10/3だから、必ずしも長い間更新していないことだけが理由とは思えない。

とにかく、毎日すばらしく安定して減少状態が続いているのだ。
ブログのアクセス数って、例えばアメブロなんかは思い切り水増しして表示していると聞いたことがあるから、ひょっとしてエキサイトもそうやって水増し表示していたものを、突如、正直な表示に変えてくれたのかも、などと変な想像さえしてしまった。

そもそもエキサイトブログのアクセス表示自体、結構いい加減そうだなあと思っていはいたけれど。だって、例えばPC訪問者が50なのに、PCからのページビューが45なんて日もある。ユニークユーザー数よりもページビューのほうが少ないという、ありえない数字が表示されているわけだ。

アクセス数なんて、しょせんそんなもので、どこまで信用していいのか怪しいものではある。とは言っても、そこは人間、やっぱりアクセス数が減ると結構さみしい気持ちになるのは仕方ない。おそらく更新頻度が落ちていることが影響はしているのだろう。

文章を書くのが大好きという私でも、いざツイッターなど始めてみると、そりゃあ書くのは短文のほうが楽なのは当たり前。そして、ついつい楽なほうに流れるのは私のような凡人の常で、こうしてブログ更新が1か月滞ってしまった。

もちろんブログだからと言って長文を書く必要はないのだが、ツイッターのように140字以内でまとめなければいけないという強制力はないから、ついダラダラと好きなように書いてしまう。すると必然的に長い文章になってしまうのだ。
読む人からすると迷惑かもしれないけれど、こんな拙いブログを読んでくださる方は、きっと長い文章でも読むのが苦痛ではないという方々だろうから、悪いがこれからも好きなように書かせてもらおうと思っている。

正直に言うと、先月ツイッターを始めてみて、初めの2週間くらいは夢中になっていた。はっきり言って、mixiより100倍は面白い。世界に向かって大きく開かれているという、そのオープンな空気の清々しさも魅力のひとつだ。外国の人とも簡単につながりになれるし、変な話、いきなりダライ・ラマやテイラー・スウィフトに語りかけることだってできるのだ。

そんな風にとてもインターナショナルなツイッターだから、最近では私も、できる限り日本語と英語の2カ国語でツイートするようにしている。いつか英語の勉強は必ずしなければいけないと思っていたので、これは好機と見たのだ。私の中学生並みにヘタクソな英作文を読まされるほうは、これまた迷惑に違いないけれど、「書く」というアウトプットの作業をするのは、やはり良い訓練になっている(後に英語アカウントを作り、英語ツイートはそちらで継続)。

さほど難しくない英文だと、読めばそれなりに理解できたつもりになれるが、いざ書いてみると「こんな簡単なことが書けないのか、俺」と愕然としてしまうのだ。
今後は、私の好きな村上春樹の英語訳などを読んで、インプットのほうもやっていきたいと思う。英語を母語とする作家が書いたものをいきなり読むより、まずは日本語から英語に翻訳されたもののほうが理解しやすいと思うからだ。

「聞き流すだけで英語が自然に身に付くCD」などというオカルト商品が後を絶たないが(笑)、語学というのは、日々の地道な努力によってのみ習得できるものだろう。まあ、どうせ果てしなく長い道のりになるに決まっているから、良い意味で適当に、しかしコツコツと勉強していきたい。

また取りとめのない文章になってしまった。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。やっぱり長い文を書くのも楽しいね。

by raccocin | 2014-10-25 20:33 | 苦手なくせに外国語が好き

ワインを買って、村上春樹について考える

先日、スーパーでチーズを買おうと思ったら、チョコレートチーズデザートなるものを見つけたので買ってみた。雪印とロイズがコラボして作ったものだという(食べてみたら全然おいしくなかったのでお薦めはしない)。

チーズを買ったついでにワインも買った。ボルサオ(BORSAO)というスペインのワインである。気軽に買えるテーブルワインだが、「ロバート・パーカー絶賛」と書かれた札が瓶の首に掛かっていたから、試しに買ってみたのである。ロバート・パーカーは世界的に影響力のあるワイン評論家で、私がこの人の名前を知ったのは、福田和也の書いた本によってだった。

それは『作家の値うち』という本で、ワイン評論家のパーカーがワインを点数で評価しているように、小説を点数で評価しようと試みた野心作である。この本の中で福田和也は、日本文学における現役作家の中から、純文学作家50人、エンタテインメント作家50人をそれぞれ選び出し、主な作品を100点満点で評価しているのだ。

小説を具体的な点数で評価するという試み自体が前代未聞で、これは過激で面白そうな本だと思って手に取ったのだ。もうだいぶ前に読んだ本だし、既に売ってしまって手元にはないので細部は覚えていないが、なかなか楽しく読ませてもらった。ただし、私はエンタテインメント系の小説をほとんど読まない人間なので、エンタテインメント作家の評価に対しては、それが妥当なものなのかどうか、まったく分からなかった。

さて、世間では福田和也のことを嫌いな人も結構いるようだが、私は、彼が普段どんなことを言っているのかよく知らないので、特に好きでも嫌いでもない。しかし、本書の中で彼は村上春樹を非常に高く評価していて、その点においては極めてまともな感性を持った人だと、当時の私は思ったものだ。

春樹のことを過小評価する、というか、ほとんど嫌っている批評家や作家もいる中で、この福田和也の春樹に対する高評価には、思わず膝を打ったのを思い出す。

さて、だいぶ前のことだが、エンタテインメント系の小説をあまり読まない私が、試しに東野圭吾の小説を読んでみたことがある。とてもよく売れている人だから、きっと面白いのだろうと思ったのだ。読んでみると、たしかに物語は大変面白い。しかし、彼の文章を読むことそのものに何か快感を覚えたかと言えば、まったく覚えなかったというのが実感である。

私は、物語が面白いかよりも、どちらかというと文章を読むことそのものがもたらす快楽を重視する質なので、いわゆる純文学のほうが好きなのだ。

乱暴な言い方をさせてもらえば、文章は良いが物語はさほど面白くない純文学とか、物語は面白いが文章自体は魅力が薄いエンタテインメント小説、というのはたくさんあるだろう。

かつて村上春樹が米国の作家ジョン・アーヴィングと話したとき、「読者を自分の文体の中毒にしてしまうことが大事なんだ」という趣旨のことを、アーヴィングが語ったらしい。いったん中毒にしてしまえば、読者は新刊が出るのを心待ちにしてくれる、と。

村上春樹の独自性の一面は、まさしく、その文体の魅力にあるだろう。
彼の文章というのは、不思議なくらい淀みなくスラスラと読めてしまう。これは、物語が面白過ぎてページをめくる手が止まらない、というのとは少し違う気がする。むろん、彼が書く物語は抜群に面白いのだが、何よりも文章自体が持つリズムとかテンポに秘密があるように思う。
別に、ものすごくリズミックな文章だというわけでもない。むしろその逆で、強調感がまったくなくて、リズムが良いかどうかということ自体が読んでいる人間の意識に上らないくらい、きわめてナチュラルなリズムでありテンポなのだと思う。

文章そのものが、そうした無意識的なリズムの良さを持っているからこそ、彼独自の比喩や哲学的な言い回しが、嫌味にならずにスッと心の中に入ってくるのだと思う。彼の小説は、現実にはありえない出来事が起こったり、ありえない物事が現れるというファンタジー性も持っているが、それらを不思議なくらい自然なこととして読者が受け止めてしまうのも、その文体の持つ魔力ゆえだろう。
読者は、その文章から生み出される彼独特の静かで濃密な世界にすっぽりと入り込み、他の場所では得られない快さを味わうのだ。

いわゆるハルキストというのは、まさにそうした春樹の「文体中毒」になってしまった人たちなのだと思う。
かく言う私自身は、胸を張って「自分はハルキストです」と宣言できるほどの熱狂的なファンではないが、やはり彼の作品が持つ独自の世界に絡め取られてしまっているのは事実だ。

そして彼の素晴らしいところは、そうした文章の持つ魅力のみならず、(上にも書いたが)物語が抜群に面白いことである。大ブームを巻き起こした『1Q84』など、まさしく純文学のクオリティを持つ文章によって最高のエンタテインメントを綴ってしまったという、ある意味奇跡的な作品だった。

かと思えば、例えばデビュー作の『風の歌を聴け』のように、ほとんどストーリーらしきものが存在しないような、短い断片をつなぎ合わせたような作品であっても、その文章の持つクールな感覚やポップで美味しい言葉でもって、読む者を魅了してしまうのだ。

他にもエッセイだって面白いし、レイモンド・カーヴァーを翻訳した一連の作品集も最高に素晴らしい。
まあ要するに、村上春樹は現代に生きる天才だ、ということである。

by raccocin | 2014-09-14 23:02 | 本と雑誌で心の旅を

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』を観る(映画の中身より、タイトルやライトノベルの話がメイン)

先日、映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』を観てきた。一見して、ビートルズの“All You Need Is Love”をもじったのかと思わせる邦題である。原作は日本人の作家が書いたライトノベルで、そのタイトルがそのまま映画の邦題になっているらしい。

さて、このタイトルを見て多くの人が疑問に思ったに違いないのが、「“love”は名詞だからいいにしても、“kill”は動詞なんだから、“All You Need Is To Kill”と、Killを不定詞にしないと文法的におかしいんじゃないの?」というものだろう。やはり私も、その疑問を抱いたところだ。

初めは、これまた日本人お得意のデタラメ英語の邦題かと思ったのだが、手元の辞書で調べてみると、“kill”には、《不可算名詞 (俗語)人殺し(murder)》という意味が載っていた。私の英語力の貧しさがいとも簡単に明らかになったわけだが、そうすると、この邦題もあながち間違いとは言えないのだろうか。

ネットで見ると、同じ疑問を持つ人は他にもたくさんいるようで、この邦題が文法的に正しいのか否かについて、あちこちで議論がされている。
「この“kill”は名詞として使っているのだから問題ない」と簡潔に結論を出す人もいるし、中には話をゴチャゴチャ難しくしているだけにしか見えない人もいる。
“kill"を名詞として使っているのなら、たしかに文法的には問題ない気がするけれど、これが本当に自然な英語表現なのかという疑問は残ってしまう。

私が思うに、主演のトム・クルーズが日本に舞台挨拶に来たとき、「この邦題の英語って、ちょっと変じゃないですか?」と誰かがトムに質問してくれれば一番良かったのだが、誰もそのような質問はしてくれなかったようだ(笑)
字幕翻訳を担当した戸田奈津子氏はどう思っているのだろうか。ちょっと聞いてみたいところである。

ちなみに英語圏でのタイトルは、“Edge Of Tomorrow”だという。しかし、日本で公開するなら、『エッジ・オブ・トゥモロー』より『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のほうが人気が出そうな気がしてしまうのも確かだ。それに、せっかく日本人の書いた小説がハリウッド映画の原作になるという快挙を成し遂げたのだから、どうせなら原作のタイトルを、そのまま映画の邦題にしたくなるのは当然だろう。

また悪い癖で話が逸れてしまった。肝心の映画の感想だ。

結論から言うと、なかなか面白い映画ではある。ただし、わざわざIMAX 3Dで2,300円かそこらを出してまで観る映画ではないと思う。私のように、フツーに2Dで観れば十分だろう。

それにしても、何回ピンチに陥っても、その度に死んでリセット、リセットの連続でやり直しがきくところなど、まさしくビデオゲームの世界そのものだ。そこのところを、いちいちバカらしいと思ってしまうと、この映画は楽しめなくなってしまう。しょせんはライトノベルが原作だから、まあいいか、と割り切って楽しむしかない。

正直に言って、私はライトノベルに対して何のリスペクトも持っていないから、この映画がちゃんと楽しめるようになっているのは、ハリウッドで働く優秀な脚本家の皆さんが、じっくり脚本を練り上げてくれているからなのだろうなあ、と映画を観ている最中から考えていたくらいだ。

まあ、ひとつもライトノベルを読んだことがないのだから、偏見と言えばそれまでなんだけど。じゃあ、お前が書いてみろ、とも言われそうだし。それと、この原作については筒井康隆も絶賛しているらしいから、きっとそれなりに優れたものなんだろう。でも、理屈大好きオヤジの私は、漫画のようにサラサラと読めてしまうような、分かりやすくて軽い小説には興味が湧かないのだ。

なんて言っていると、私の好きな村上春樹についても、ネット上では「ラノベ作家」などと言う人達がいるからズッコケてしまう。どこをどう読めば、春樹がラノベ作家になってしまうのか皆目見当が付かない。それとも、ライトノベルの愛読者にそう感じさせる何かが、春樹の中にはあるということなのだろうか。ライトノベルを読んだことのない私には、両者を比較することはできないのだが。

そもそも、「村上春樹=ラノベ作家」説を唱える人達の中には、「私はライトノベルも春樹さんも両方好きだ」と思って言っている人と、「ライトノベルに毛が生えた程度の春樹が、ライトノベルより遥かに偉いものとして扱われているのは変だ」と思って言っている人と、二通りありそうだ。

いずれにしても、どうしてそういう風に言う人達がいるのか、いくつかライトノベルを読んでみると分かるのかもしれない。まあ、そんな暇があったら、他に読みたい小説がたくさんあるから、これは当分先の研究テーマになってしまいそうだけど。そのうちにね。

by raccocin | 2014-07-26 21:50 | 映画にアートにいろいろ鑑賞

謹賀新年

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、年末年始の9連休も、今日で7日目が終了だ。あとはいつも通りの土日を過ごしたら、おしまいか。まだ2日残ってるけど、予想通り、あっという間だった。

この休みは、映画を観たり音楽聴いたりして楽しみたいと思っていたけれど、実を言うと映画はまだ1本も観ていない。音楽は、毎晩のように寝る前にヘッドフォンで聴いていたけれど。新しく買ったベイヤーダイナミックのDT250/80は、なかなかの素性の良さを感じさせてくれている。今後エージングが進めば、さらに良くなるだろうから期待している。

他には、意外とテレビを観て過ごすことが多かった。普段あまり観ることのない日本製ドラマ(『相棒』)や、ばかばかしいバラエティ番組を久々に楽しんで、これはこれで気分転換になったから良かったかな。

ところでドラマと言えば、去年の暮れにDlifeで放送された『アンダー・ザ・ドーム』の最終回にはズッコケた。あの終わり方はないでしょう。宙ぶらりんにも程があるというものだ。しかし、聞くところによるとシーズン2が企画されているそうだから、そちらにも期待してみよう。

さて、2日の午後3時45分頃にテレビをつけたら、Eテレで『世界が読む村上春樹〜境界を越える文学〜』という番組をやっていた。世界での春樹の受容のされ方などについて紹介する内容だったが、3時からの1時間番組なので、私が見始めたときには、ほとんど終わりかけていた。

私は春樹が好きなので、番組の存在を知っていたら絶対に初めから見ていたのに。こんな面白そうな番組をほとんど見逃したのは迂闊だった。

しかも、このときの放送は再放送で、初回は去年の暮れに放送していたらしい。なんで気付かなかったのかなあ。NHKさん、もう1回再放送してくれませんかね。
NHKは他にも興味深い番組をよく作ってくれるから、これからは毎日、番組表をチェックすることにしよう。

それにしても、この番組に出演していた綿矢りさ、作家とは思えぬ(?)可愛さで感心した。せっかくだから彼女の本を1冊買ってあげようか、なんてアホなことを考えたミーハーオヤジでした。

by raccocin | 2014-01-03 19:06 | 映画にアートにいろいろ鑑賞

『色彩を持たない〜』を読了

今日は、奥様が所用で出かけているので、会社を休んで家で子守り&留守番をしています。昼間から、冷えた白ワインを飲みながら書いてます。

さて、村上春樹の新作、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読み終えた。
4月にこの本が発売されたその日に買ってきたのに、今頃になって、やっと読了である。ここまで時間がかかったということ自体が、私のこの本に対する印象をある意味物語っているだろう。

もちろん、私は春樹の文体(独特の上手い比喩も含めて)、そして何よりその世界観が好きなので、最初から最後まですらすらと読めたし、決して退屈させられることはなかったのだけれど。

さて、この小説のストーリーは、簡単に言うとこんな感じ。

《高校時代から続いている仲良しグループから、大学2年のとき、理由も明らかにされず自分だけつま弾きにされた青年。それ以来ずっと封印していた心の傷に向かい合うため、30代半ばになった彼は、真相を明らかにすべく立ち上がる》

これって、並の作家が書いていたら、とてつもなく退屈で感傷的な小説になってしまっていただろう。
それを、こんなにも読み応えがある作品に仕上げる手腕は、春樹先生、やっぱり凄いとは思う。いつもながらの、静かだが濃密で、読み手のイマジネーションを豊かに広げてくれる春樹ワールド。
それに浸ることができて、今回も良い時間を過ごさせてもらったという気持ちはある。しかし私は、それ以上の感慨は受けなかったというのが正直なところだ。

前作の『1Q84』が、あまりにも大傑作だったせいもあるだろう。あれと比較すると、どうしても小粒に見えてしまうのは仕方がない。古くからの春樹ファンが読むならば間違いなく楽しめるだろうが、初めて読む春樹の作品としては、あまりお薦めできない。

じゃあ、初めて春樹を読むのなら、どれが良いかって?
私のお薦めは、『風の歌を聴け』、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』、『1Q84』あたり。

長いのは嫌だという人は、もう圧倒的に、デビュー作の『風の歌を聴け』がオススメ。
この小説ときたら、ストーリーらしきストーリーは無いと言ってもいいくらいなのだが、クールかつポップな言葉の魅力だけで、存分に楽しませてくれるのだ。この人も、若い頃はこういうものを書いていたのです。

これが気に入ったら、後に続く『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』も大好きになること請け合い。
これら初期3部作は、私にとって宝物だ。実を言うと、さほど読み返したりはしていないのだが、あれって良かったよなあと思い出すだけで、なにか心がほんのり暖まり、切なくなってしまうような魅力的な作品群なのだ。

もしも、こういうものを大学時代に読んでいたら、学生生活の一日一日を、もっと大事にしていただろうになあと想像してしまうような作品群である。私が春樹を読み始めたのは社会に出てからだったのだが、学生の頃から読んでいればよかったと悔やんだものだ。

そんなこと言われてもピンと来ないって?
まあ、ここはひとつ騙されたと思って(騙されたくない人も)、ぜひ読んでほしい!
by raccocin | 2013-06-05 15:37 | 本と雑誌で心の旅を

恥ずかしながら東京ドーム初観戦そしてカープファンになった理由

7日は東京ドームへ野球を観に行った。恥ずかしながら東京ドームで野球を観るのは初めてだ。

高校大学の7年間、熱心にカープを応援していた私だが、社会に出てからは、忙しくなったせいもあったのだろう、少しずつ野球観戦という趣味から離れていった。
私が社会人になったのは91年春のことで、だから現時点でカープ最後の優勝である91年のことは、ほとんど覚えていない。もったいないです。

そんなわけで、東京ドームで野球観戦する機会もなくなっていたのだ。
ところが去年から広島をまた応援し始めた。一度野球ファンとして復活すると、応援する楽しさを思い出し、今では少なくとも試合結果をスポーツニュースで確認するくらいのことはしている。

さて、東京ドームに足を踏み入れた瞬間の印象は、「暗い」。
それに以前コンサートで来たときより狭く感じる。コンサート中は照明が抑えてあるせいで広く見えたのかもしれない。ところが野球のために明るく照らされた場内は、頭上を覆う屋根の存在感が大きくて、閉塞感というか圧迫感がすごい。

こんなつまらない場所でプレーする巨人の選手、それに応援している巨人ファンが気の毒になったくらいだ。ちなみに、アメリカではドームに人工芝の球場など、もはや時代遅れだという。

それに引き換え我らがマツダスタジアムときたら、内外野天然芝で開放感に溢れた設計が本当に素晴らしい。
なんて言いながら、実際訪れたことはありませんが。来年はマツダスタジアム訪問をテーマにしようか。

前置きが長くなってしまった。
肝心の試合は、3-1で負けました。マエケンは好投していたのに、東野を打てなかった。

でも、一度ホームランと宣告された坂本の打球がビデオ判定でファウルになったり、クルーン劇場が生で観られたりと、それなりに収穫のある一戦だった。

しかし、三塁側にも巨人ファンがうようよいるのは残念だった。私の隣もそうだったし、逆方向の数人離れたところにも、前にも後ろにもたくさんいる。あなたたちは一塁側に行きなさい、一塁側に。

でもまあ、これが甲子園やナゴヤドーム、それにマツダスタジアムだったりしたら、ビジター側のチームのファンはもっと少ないのだろう。アメリカの球場ならさらにその傾向が強そうだ。チームが地域に根付いていて、球場にいるのはホームチームのファンばっかりというのが本来の姿なのかもね。

ただし巨人の場合は、東京に住んでいる人が「地元のチーム」と思って応援しているわけでもないだろうから、ちょっと例外か。

考えてみたら、私は川崎で生まれ育って、その後に横浜に移住したのだから、横浜ベイスターズファンにうってつけの人間なんだけどね。

高校生になったとき、「どこかひいきチームを作って野球を楽しもう」と考えたのだが、大洋ホエールズを選ぶ気にはなれなかった。

私が広島ファンになった理由は、「巨人ファンは当たり前すぎてつまらないし、かといって、あまりに弱いチームも応援のしがいがない」ということで、当時そこそこ強かった広島を選んだという、実にいい加減なものなのだ。

たまに思うのは、ヤクルトファンになっていても良かったかなということ。
私は神宮球場の雰囲気や立地がけっこう好きなのだ。仕事帰りにふらっと球場に立ち寄ってホームゲームが観られるというのは、なかなかに気持ちが良いものだろう。

村上春樹がヤクルトファンになったのも、東京を拠点とするチームのホームスタジアムの中で、神宮球場が一番気に入ったからだという。先見の明がある春樹先生です。
by raccocin | 2010-10-09 12:29 | 応援してます広島カープ

映画『ノルウェイの森』が絶賛されたらしいけど

さっきネットのニュースを読んでいたら、映画『ノルウェイの森』がベネチア映画祭で絶賛されたらしい。上映後、会場は3分間のスタンディングオベーションだって。

でも、私はこの作品は観ないつもりだ。何年か前に映画化が決まったことを知ったときから、絶対に観ないと決めていた。

『ノルウェイの森』は、私が春樹の作品に目覚めた初めの作品で、それなりに思い入れがあるということもある。そして何と言っても、映画なんか観てしまうと、この本を手に取る度に、出演した俳優の顔やら情景やらが思い浮かんでしまい、それが自由な読書の邪魔をするに違いないからだ。想像力を自由に羽ばたかせることを映像によって制限されてしまう、と言えばいいだろうか。

実際、『風の歌を聴け』などの作品が既に映像化されているのは知っていたが、一度も観たことはない。

そもそも、ある小説を読んで良いと思ったからと言って、それを映像化したものを観るという体験自体が私にはない。そのことに興味がないのだ。

映像作品を観てから原作を読むならともかく、原作を読んでから映像作品を観たら、重要なエピソードをあちこち端折ってある省略感だけが残ってしまい、まず満足できないだろう。ましてや、『ノルウェイの森』は上下巻の長編なのだ。

もし映画を観たとしても、「おい、いきなりその場面からここに飛ぶのかよ」と、ずっと突っ込みを入れ続けることになるだろう。

まあ、正直に言うと観てみたい気もなくはないんだけどね。でも、やっぱり激しく後悔すると思うので観ないつもりだ。
by raccocin | 2010-09-04 12:38 | 映画にアートにいろいろ鑑賞

島田裕巳はDSユーザだった&春樹先生への提言

今、島田裕巳と、小幡績という経済学者による共著『下り坂社会を生きる』という本を読んでいる。本の内容はそこそこ面白く、楽しませてもらっているが、その中で島田裕巳がこんなことを言っている。

《たしかにストックを活用しながら、お金をかけない生き方みたいなものは必要かもしれないですね。今までは毎年のフローを当てにして、お金をかける生き方だったから。
 うちのオーディオは、音がソフトで変わるんですよね。デジタルストリーミングという方法で、ハードディスクに入れた音源を聴いてるんですけど、ソフトが変わるだけで音が変わる。ソフトはタダだから、音をよくするためにお金をかける必要がない。従来のオーディオシステムだったら、何十万円も出して、新しい装置を買わないと音が向上しない。今はそうじゃなくて、ソフトをバージョンアップすることによって、音が変わっちゃうんですよね。》

デジタルストリーミングなんて言っているから、ひょっとしたらLINNのDSのことを指しているのかもしれない。そう思って調べてみると、やっぱりそうだった。この人、実はオーディオ好きで、DSを使っているらしい。

けっこう有名な学者だから、一番高価なKLIMAX DSを使っているかと思いきや、なんとMAJIK DSだった。AKURATE DSですらない。思ったより金持ちじゃないのかも。

ブログを読むと、けっこうオーディオの記事がある。こんなにオーディオが好きな人とは知らなかった。ちなみに、共著者の小幡氏もオーディオマニアらしい。
島田先生、サウンドクリエイトにも出入りしているらしいから、いつかばったり会ったりして。たいして嬉しくないけど。

なんとなく夢想したのは、もしも村上春樹がDSを使い出し、そのことを喧伝したらどうなるかということ。DSは爆発的に広まるのではないか。あの人のサブスピーカーはAV5140というLINNの製品だから、それもありえなくはない話だ。

天才エディターにして大のオーディオマニア、ヤスケンこと安原顯さんが生前、「春樹ほどの大金持ちなら、もっと高価なオーディオ機器を使ってほしい」という趣旨のことを書いていた。たしかにそう思う。

村上春樹ときたら、相当なお金持ちのはずなのに、アキュフェーズのプリメインアンプという意外と庶民的な製品を使っている。
ここは石田衣良のように、ウィルソンオーディオとかマークレビンソンとか、そこらへんのハイエンドな機器を使ってほしいものだ。『1Q84』でガッポリ儲けてるんだからさ。

春樹先生なら石田衣良あたりとは影響力が桁違いなのだから、高価な機器のことはともかく、オーディオの楽しさをあちこちで喧伝してほしいものだ。


*村上氏、石田氏の使用機器の情報は2005年発売『Sound&Life』による
by raccocin | 2010-05-27 21:18 | 音楽とオーディオが好き

今週も歓送迎会

先週に引き続き、今週の金曜日も歓送迎会。今回は、私が異動した先の新しい職場で開催されたものである。

先週の会でやっちまった失言の反省を活かし、今回は異動者として挨拶するときも、無難かつ短めにしておいた。やれやれ。

ただ、挨拶の中で1Q84 BOOK3の入手に失敗したことに触れておいたら、他の係の方がビールを注ぎに来てくれた。「いや〜、実はあの本屋の1Q84最後の1冊、私が買ったんですよ」

こんなことがきっかけで人と打ち解けたりするものだ。単に所属と名前だけ言って挨拶終わり、なんていうのは、やっぱりもったいないと実感した(ただしウケを狙って行き過ぎないように!)。
by raccocin | 2010-04-16 23:22 | 見られちゃ困る職場ネタ


考えることが好きで、のんびり屋。5歳男児の父。音楽、映画、アート、コーヒー、それにワインを愛します。完全禁煙のお店も好き。


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