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PIEGA Premium 3.2 レビュー

2014年春にスピーカーを買い替えて、はや2年ちょっとが経過した。
いい加減に音も落ち着いてきたのでレビューを書いてみよう。我が家はリビングオーディオで、かつ幼稚園児の息子がいるため、ソファに座ってじっくり大音量で聴く機会が時々しか得られなかった。そんなわけで、こんなに時間が経ってしまった、とひとまず言い訳をしておく。

さて、そのスピーカーとは、スイスのスピーカー・メーカーであるPIEGAのPremium 3.2という製品だ。10cmウーファーを2発、それにPIEGA十八番のリボン型ツイーターを搭載した、スリムなフロアスタンディング・スピーカーである。今回はオプションのボトムプレートも追加して、足元の強化を図っている。

ちなみに、このPremium 3.2の前に使っていたスピーカーは、LINNのNINKAである。ペア25万円というお手頃な価格のトールボーイだが、その性能はなかなか優れていた。LINNらしい端正で実直なサウンドで、さまざまなジャンルの音楽をそつなく鳴らしてくれる頼もしいスピーカーだったのを思い出す。

Premium 3.2に買い替えたときのお店での試聴記は、こちらをご覧いただきたい。また製品の詳細なデータについては、代理店であるフューレンコーディネートのサイトを参照してください。

このスピーカーを駆動するのは、2010年に購入したLINN MAJIK DS-I。ネットワークプレイヤーとインテグレーテッドアンプが一体化した、とても使いやすい優れた製品である。NASはQNAPのHS-210Dを使っている。

この2年間というもの、MAJIK DS-Iのファームウェアがアップデートされるたびに音は少しずつ変わってきたし、他にもNASを買い替えたり、スイッチングハブを追加したり、また無線LANルータを交換したり、といったシステム上の変化があった。

当然ながらその度に音は変わってきているので、ここで私が述べるのは、基本的にはこの2年の間の平均的な印象だということを断っておきたい。

まず、NINKAから買い替えての第一印象は、「音が自然で伸びやか」というものである。NINKAは、コクのある音色を持つキリッとした音像を、どちらかというと奥行き豊かに展開するスピーカーだった。しかしPremium 3.2は、例えばヴォーカルやソロ楽器の音像がもう一歩前に出てきて、伸びやかに歌うのだ。そのうえで他の楽器群は一歩引いたところに自然に定位する印象である。

音色は特に高域の刺激感が極小で、ヴァイオリンなどの弦楽器も、きわめて自然かつきめ細やかな質感が特筆ものである。このあたりは、やはりリボンツイーターが効いているのではないかと思われる。

オーディオをやっている人たちの大きな悩みのひとつに、「高域がきつくて聴きづらい」というものがあると思うし、現に私自身も時々悩んできた音の要素である。そうした高域の質感に敏感な人たちに、このスピーカーは特に自信を持ってお薦めできる。

これほど質感の自然な音を出すスピーカーを使うのは私自身初めてで、それだけでも買って良かったと思うくらいだ。全身アルミで作られていてクールな外観なので、温度感も低いのではと想像する人がいるかもしれないが、むしろほんのり「暖色系」と言ってもいいサウンドなのも素晴らしい。

一方、低域も思いのほか充実感がある。10cmウーファー2発では心もとないと考える人も、音を実際に聴いてもらえれば納得してくれるだろう。密度感に優れた、これまた自然な佇まいを持つ低域がスッと出てくる印象で、高域とのバランスもほど良い。さすがにピラミッドのようにどっしりとはいかないが、フラットなバランスの洗練されたサウンドが眼前に展開されるのは、実に快適である。

中域については、輪郭に強調感のない自然な大きさの音像がポッと浮かぶ印象だ。ヴォーカルやソロ楽器は、左右のスピーカーを結ぶ線よりもいくらか前に出たあたりに定位し、伸びやかにリリースされる。

音場については、広がり、奥行き、高さ、それぞれがバランス良く展開する。我が家ではスピーカーと横の壁の間には30cm程しか空間がないし、2つのスピーカーの間には大型テレビも設置してある。そのため、この製品が持つ本来の空間再現性が多少損なわれているのではないかと想像する。

しかし、それでもNINKAより全体的に音場は豊かだし、特に高さの再現性については格段に優れていると断言できる。オーケストラを聴いても、コントラバスやティンパニ、トロンボーンなどの低音楽器が、きちんと高い位置に定位するのは気持ちがいい。

総合すると、とにかく質感や音の佇まいが自然できめ細やか、ほんのり暖かい音色、そしてストレスフリーとさえ言える伸びやかなサウンドが特徴のスピーカーである。

こんなことを書くと、ロックは聴けないのかと思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。ギンギンにワイルドな音で聴きたい人には、不満が出ることもあるだろう。しかし、洗練度の高い落ち着いた音でロックをじっくり聴き込みたい人にとって、このスピーカーはロックを聴く新たな楽しみを与えてくれるに違いない。

もちろん、ジャズやクラシックのような生楽器主体の音楽を楽しむのに、この透明感と暖かみを兼ね備えたサウンドはうってつけである。

また、組み合わせるアンプやケーブルなどの選択次第で、かなりカチッとした高密度のサウンドに振ることができそうな端正さも感じさせてくれる製品である、ということは付け加えておこう。

最後に、外観については文句のつけようがないくらいスマートでエレガント。音を出していないときも圧迫感が皆無なので、私のようにリビングに置くのにも最適なスピーカーである。

優れたサウンドと洗練されたインテリア性を併せ持つPIEGA Premium 3.2。買って本当に良かったと思っているし、これからも長く付き合いたいと思わせる潜在能力の高さもうかがわせる。40万円前後の予算でスピーカーを探している人には、是非とも検討してもらいたい製品である。



by raccocin | 2016-07-31 17:08 | 音楽とオーディオが好き

我が家のCDリッピング リッパーのこととか、いろいろと

今、我が家では全部で700枚くらいあるCDをすべてリッピング(パソコンで読み込んでファイル化)するという仕事に取りかかっている最中である。最中と言っても、2010年にLINN MAJIK DS-Iを買ってから始めたわけで、もうじき6年にもなるわけだ。

たった700枚をリップするのに既に6年も要しているのだからお恥ずかしい限りだが、当初はとにかくリッピングが面倒くさくてたまらず、なかなか作業が進まなかった。去年あたりから、やっと本気になって加速しているのが実情なのである。土日にそれぞれ3枚ずつリップしていくと、ちょうどあと1年で終わりそうな残り枚数なので、なんとか今年中に終わらせるべく頑張りたい。

ところで先日、奥さんの持っているCD、”Nonsuch - XTC”のリッピングをしようとして、ディスクを取り出してみたら、盤面についた傷がすごくてビックリした。細かい傷がディスクのあちこちに、たくさん付いている。読み取りエラーが続出しそうな感じである。

まず予感として頭に浮かんだのは、「dBpowerampでリップしたら相当時間食うだろうな」ということ。実際、dBpowerampでリップしたら、1回目のPass 1でダメで、2回目のPass 2でもやっぱりダメだった。それで次には、”Re-Rip”という、今までに見たことのないフェーズに突入したのである。

「こりゃダメだ、この調子じゃ日が暮れちまう」と思った私は、リッピングをキャンセルして、今度はiTunesでリップすることにした。今までの経験からして、iTunesはいい意味で鷹揚というか、多少の傷があるディスクでもさほど長い時間をかけることなく読み込めていた感があったからだ。

すると、iTunesは期待に違わぬ仕事をしてくれた。70分収録されたアルバムを12分ほどで正常にリッピング終了である(この数か月後、バッファロー製の古い無線LANルータをAirMac ExtremeとAirMac Expressに買い換えたら、リッピングにかかる時間が劇的に短くなった ※)。

しかし、”Re-Rip”という新たな工程に進んでまで丁寧に作業しようとするdBpowerampと、傷のないきれいなディスクとたいして変わらない時間で作業を終えてしまうこのiTunesとの差は、一体何なのだろうということも考えさせられた。

これはまったく根拠のない想像ではあるけれど、iTunesの場合、読み込みエラーがかなりの頻度で発生していても、「ハイハイ、だいたい前後の文脈からしてこんなデータだろうから、いいようにエラー補正しときまっせ」という軽いノリで仕事をしているのではないかということ(笑)

まあ、iTunesでリップしたCDの音(ALAC)だって、別に悪いともなんとも思わないから気にしなくてもいいのかもしれない。ただ、たくさん傷が付いていてもいなくても、たいして変わらない時間でリッピングを終えてしまうというのは、いかがなものか。一瞬、「iTunesでリップしたCD、もういっぺんdBpowerampでやり直そうかな」という考えが頭をよぎったのは事実である。そんなことは気が遠くなるほど面倒だから、まずやり直しはしないけれど。

ところで、私が今まで使ってきたCDリッパーを記すと以下のとおりである。

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2010年
LINN MAJIK DS-IとQNAP TS-110 Turbo(500GB)を導入、リッピング開始(コンピュータはMacのラップトップ)。

・MAX (FLAC 圧縮率はデフォルト)
特に不満もなく使用(他のリッパーと比較したことがないので良いのかどうかわからない)。


2013年(?) 
・X Lossless Decoder (FLAC 圧縮率はデフォルト)
リッピングに時間がかかり過ぎることに辟易、短期間で見切りをつける。


2014年
・iTunes (ALAC) サクサク読み込んでくれるし音も悪くないので満足。


2015年
・dBpoweramp (FLAC 圧縮率はデフォルトのLossless Level 5)
リッピングの所用時間は許容範囲内で、タグも詳細かつ正確性もまずまず。カバーアートを自動で複数取得してくれるのも便利。

NASをQNAP HS-210Dに買い替え(1TB RAID1)
FLAC圧縮からFLAC非圧縮へ変更。
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dBpowerampでのリッピングを「FLAC圧縮(圧縮率はデフォルトのLossless Level 5)」から「FLAC非圧縮(Lossless Uncompressed)」に変更した理由には、NASの容量が大きくなったことがある。容量500GBのQNAP TS-110 Turboから、1TBの容量を持つ同社のHS-210Dに買い替えたことで、我が家にあるリッピングを終えていないCDをすべて非圧縮で取り込んだとしても、HDDの容量に余裕が見込めるようになったのだ。

試しにFLAC圧縮とFLAC非圧縮を同じ音源で聴き比べると、なんとも微妙な感じで、「言われてみれば非圧縮のほうがいいような気もするなあ、でも全然違わない気もするし…」といったところ。でも、とりあえずは非圧縮で取り込んでおけば、「もしかしたら非圧縮のほうが音が良かったかも」と余計な心配を後々しなくて済むだろう。精神衛生上、そのほうが大変よろしい。

圧縮と言っても、MP3やAACなどのように音質劣化を伴う「不可逆圧縮」と異なり、FLACやALACなどは元のデータを復元できる「可逆圧縮」なのだから、圧縮率によって音質が変わるというのは原理的にありえない気もする。しかし、そこはオーディオの世界。何があってもおかしくない(?)

CDが世に出る少し前、「デジタル信号は0と1の符号が並んでいるだけだから、どのメーカーのCDプレイヤーでも音は同じ」などという大ウソが流れていたのを、皆さんは覚えているだろうか。しかし蓋を開けてみれば、どのメーカーのプレイヤーも音は違っていた。それは決してアナログ信号を扱う領域における差異だけではなく、デジタル信号を扱う領域の差異でもあったはずだ。

現に、我が家のネットワーク・オーディオでも、LANケーブル1本を交換するだけで音は変わってしまう。私は専門家ではないので、なぜLANケーブルを変えると音が変わるのかを科学的に説明はできない。しかし、デジタルケーブルを交換すると音が変わるということは、私を含めて多くのオーディオ好きの体験上、間違いはない。

ネット上で、「LANケーブルで音が変わるなんてオカルト」というような意見を散見するが、あれは安価な装置で聴いているから違いが音に表れないだけで、少なくとも総額30万円程度のオーディオシステムで聴いたら、ほとんどの音楽ファンには違いが分かるはずだ。

我が家でも、LINN MAJIK DS-Iにつないでいたサンワサプライのカテゴリ7の普及品LANケーブルを、サエクのSLA-500(約1万円)に交換したとき、帯域レンジも音場感もぐっと広がったし、音の伸びやかさも向上した。それはほとんど一聴しただけで分かる違いで、現にオーディオなど興味のないウチの奥さんでも、違いはすぐに分かったのだ。それもPerfumeを聴いてである。

ただし、我が家のオーディオはアクセサリー類も含めると総額100万円ほどのシステムなので、実際に30万円のシステムでどの程度の差が出るかはわからない。でも、私自身がオーディオを始めた当初(1995年)の30数万円のシステムでも、スピーカーケーブルやインターコネクトケーブルを替えたときに音に変化が表れなかったことなど、ただの一度もなかった。アナログケーブルとデジタルケーブルを同列に論じることはできないだろうが、やはり30万円のシステムの能力をもってすれば、まず違いは分かるはずだと推測する。

ちょっと話がそれてしまった。とにかく今後、CDを買ってきたりハイレゾのアルバムを買い足していっても、1TBあれば、次にNASを買い替えるであろう5、6年後まで容量は確実に足りるはず。とりあえず安心である。

ところで、上にも少し書いたがdBpowerampの好きなところについて。音質が優れているかどうかはともかく、タグの表示のされ方が良い。今まで使ってきたリッパーは、各単語の頭文字をすべて大文字にして表示してくれていた。例えば、プリンスのアルバムで言うと、”Around The World In A Day”のようにだ。これはロックやジャズなどでは特に問題にならない。

しかしクラシックとなると、これが問題大ありなのだ。何が困るかというと、テンポ等の表示が、例えば”Allegro Ma Non Troppo”となってしまう。これは明らかにおかしい。やはりここは、”Allegro ma non troppo”でなくてはいけない。

dBpowerampを使い始めるまでは、こうした不要な「大文字化」を手でいちいち小文字に修正していたのだが、この手間がバカにならず、クラシックのCDをリッピングするのが憂鬱になっていた。特にオペラなどの歌モノは各トラック名が出だしの歌詞になっているが、それが結構長いため、もう絶望的なまでに手間がかかっていた。

ところがdBpowerampは、こうした場合も初めから”Allegro ma non troppo”と、大文字にすべき箇所だけ大文字で表示してくれるから大助かりなのだ。

基本的に前置詞と冠詞については大文字にしないスタイル。”Around the World in a Day”といった具合である。まあ、これはこれで正式な感じがして悪くないというか、カッコいい気がする。

かつて、あるオーディオ雑誌で、お薦めのリッパーは何かと問われた2人の評論家が、ともにiTunesを推していた。そのうち1人は、「リッパーによる音質の違いは大したことないから、iTunesで十分である」という旨のことを書いていた。

リッパーによる音質の差については、私も検証できていない。かつての私は、結構細かいことも気にしながらオーディオに取り組んでいたが、今の私は「ゆる〜いオーディオファン」、いや、「どうせならいい音で聴けると嬉しい音楽ファン」に過ぎないのだ。いくつかの曲を異なるリッパーでリップして、その音質差を真剣に検証するというような作業は、よほど暇があるときでなければやらないだろう。

どのみち、基本はdBpoweramp、それで何か不具合があるときはiTunesという路線で当面は行くことが決定している。少なくともdBpowerampがiTunesより音が悪いということはなさそうだし、仕事も丁寧にしてくれていそうだし、このまま検証せずに我が家のCDリッピングは完了してしまうのではないだろうか。

以上、リッピング及びリッパーについて現在の私が思うところを書いてみた。dBpowerampは、特にクラシックを聴く人にとって、タグの管理が楽だという点で有益なリッパーだということは間違いない。ここまで書いてきたようにMac版も既にあるので、興味のある方は是非使ってみてほしい。


※ 最近、今まで使っていたバッファロー製の古い無線LANルータの親機と子機を、それぞれAirMac Extreme、AirMac Expressに買い換えてみた。そうしたらリッピングにかかる時間が劇的に短くなった。

具体的に言うと、デフォルトのLossless Level 5のときで、CDの収録時間10分あたり1.5分かかっていたのが0.7分ほどに、Lossless Uncompressedのときで、収録時間10分あたり2分かかっていたのが1分に、というような変化だ。ほぼ半分の時間である。

RippingのプロセスはMac本体の中での作業だろうし、無線LANルータを換えたことによる影響はないように見えるが、その後のEncodingのプロセスにかかる時間がすごく短くなった。Encodingしながら同時に子機(現在はAirMac Express)につながっているNASにデータを飛ばして書き込んでいると思われるが、その速度が劇的に早くなっているのだろう。正直、ここまで変わるとは思っていなかった。もっと早く買い換えれば良かったと後悔している。(2016年7月18日追記)

by raccocin | 2016-01-30 18:23 | 音楽とオーディオが好き

パーヴォ&N響のコンサートへ マーラー/交響曲第2番「復活」を聴く

◎マーラー/交響曲第2番「復活」
エリン・ウォール(Sop)/リリ・パーシキヴィ(Alt)/東京音楽大学(Cho)/パーヴォ・ヤルヴィ指揮/NHK交響楽団
NHKホール
2015年10月4日

オーケストラによるコンサートは本当に久しぶり。ブログに綴った「コンサート歴」を遡ってみると、どうやら2005年秋に聴いたエンニオ・モリコーネ&ローマシンフォニー以来の生オーケストラ鑑賞らしい。ちょうど10年ぶりである。いやはや、随分とごぶさたしてしまったものだ。

初めに告白しておくと、私は長いこと、日本のオーケストラというものを信用していなかった。過去に日本のオーケストラを真面目に聴いた体験といったら、1991年に行われた大友直人&東京シティ・フィルハーモニックのコンサート、それから98年に発売されたデュトワ&N響によるCD、「プロコフィエフ/『ロメオとジュリエット』抜粋ほか」、この2つだけである。

正直なところ、それらは私になんら強い印象を残さなかったので、「日本のオケなんてこんなものか」という、今思うと大変失礼かつ浅はかな考えを持つに至ってしまったのだ。

中学生のときに洋楽ロックを聴き始めた私は、その後もクラシック、ジャズと聴く音楽の幅を広げていったけれど、基本的に西洋人が演奏する音楽ばかり聴いてきた。もちろん、例えば小澤征爾、内田光子、ヨーヨー・マ、チョン・キョンファなど、東洋人の音楽家たちも聴いてはきたが、彼らは指揮者や独奏者だ。オーケストラについては相変わらず西洋のものばかり聴いていたというのが実態である。

そんな私が、なぜ今回、N響のコンサートに出かけたのか。その理由は、ツイッターで指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏をフォローしたところ、すぐにフォローバックしてくれたからだ。まあ実際には、ツイッターのアカウント管理などはマネージャーさんがしているのかもしれない。しかし、クラシック音楽家のアカウントからフォローされたのが初めてだったのもあって、結構嬉しかった。それで気分を良くした私は、「ではお礼にコンサート参りでも」となったのだ。我ながら、ものすごく単純である(笑)

さて、肝心の演奏についてだ。NHKホールに来ること自体が、97年のベルリン国立歌劇場による『ヴァルキューレ』以来で、私自身まだ2回目である。このホールはテレビで見ていると少し冷たい感じも受けるが、実際には思ったよりも暖かみがあったし綺麗だった。私が座ったのは1階席の最後列、中央やや右に位置する席である。

オーケストラは現代的配置ではなく、通常右側に来る低弦群を客席から見て左側に置いていた。弦楽器は左から第一ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第二ヴァイオリン。コントラバスは第一ヴァイオリンとチェロの背後に横一列に並んでいる。

さて、いよいよパーヴォが舞台に現れ、演奏が始まった。出だしからして、弦楽器が厚く暖かみのある音を聴かせてくれる。
ところで我が家のリビングには、LINN MAJIK DS-I とPIEGA Premium 3.2からなるオーディオシステムがあって、私は普段からそれなりのクオリティの音を聴いていると思っていたけれど、ステージから届けられるこの暖かく柔らかい響きは、やはり素晴らしい。あらためて生音の気持ちよさを実感した。

音と言えば、ここで断っておきたいのは、私にとってN響の生演奏は初めてだし、NHKホールにしてもオーケストラがステージに載った状態の音を聴くのは初めてなので、どこまでがホールの音で、どこからがオケの音なのか、まったくわからないということである。あくまでも、この日の私の耳にきこえた響きを感じたままに書いているのでご了承いただきたい。

ヴァイオリンはどちらかというと、すっきりとして歯切れが良い。この日の演奏は全体的に、ティンパニやシンバルなどの打楽器、それにトランペットなど金管楽器の華やかなアクセントが明快で、それが弦楽器の明晰な響きと相まってメリハリの効いたダイナミズムにつながっていた。

ところで、演奏を聴き進むうち、初めに感じた音の厚みや暖かみというものにもすぐに慣れてしまい、トゥッティなどはもう少し厚みがあってもいいのに、などと思い始めてしまう。実際、この日のN響はピラミッドバランスというよりも、もう少しフラットなバランスの音をきかせていた。良く言えば、すっきりとして垢抜けたサウンドだが、ここぞというときの低弦群の支えには、もっと堅固なものを求めたい気がした。

とはいえ、全体的に弦楽器の技術はかなり高い。私は欧米のオーケストラの来日公演も聴いてきたけれど(わずか20回弱…)、それらと比べても遜色はないだろう。むろんウィーンフィルだとか、「超」がつくような一流どころと比べたら負けてしまうが、私が聴いた海外オーケストラの弦楽器の平均的実力が、この日のN響よりも格段に優れていたとは決して思わない。

特筆すべきは中くらいの音量で弦楽器を歌わせる部分で、まるで氷の上を滑るような美しくしなやかなフレージングは、カラヤン・レガートならぬ「パーヴォ・レガート」と呼びたくなるくらいだった。

一方、管楽器については、もっと表情の豊かさが欲しかったというのが正直な感想である。こんなところでも日本人は、個の力量を発揮できる管楽器よりも、集団でやる弦楽器のほうが得意なのだろうかと妙なことを想像してしまう。マーラーの音楽は、管楽器がソロイスティックな技巧を披露できる聴かせどころをふんだんに用意しているけれど、N響の管楽器奏者たち、特に木管楽器の奏者たちは、どこか控えめに演奏しているようにきこえてしまった。

これは指揮者のパーヴォが、あえてそうしたバランスでやらせているのかもしれないが、やや物足りない。その点、私の愛聴盤であるパーンスタイン&ニューヨークフィルハーモニックの87年ライヴ録音では、管楽器が実にニュアンス豊かに歌っていて、とてもカラフルで生き生きした印象を与えるのだ。

また、バーンスタイン盤では天国的なまでに美しい第四楽章の冒頭も、このコンビがきかせる響きはどことなく現世的で、いまひとつ恍惚感に乏しい。トランペットの量感自体はたっぷりしているのだが、なにか楽天的なところがあり、祈りに満ちた厳粛さを感じさせてくれないのだ。

しかし終楽章の設計は入念で、長大なこの楽章を緩みなくダイナミックに演奏しきった。合唱にはやはり一層の厳粛な表情を求めたいが、音大の学生がやっていることを考えたら満足すべきなのだろう。そして何と言っても、パーヴォとオーケストラは、最初から最後まで引き締まったアンサンブルを保って、このスペクタキュラーな交響曲を一気呵成にきかせてくれた。

正直に言うと、それほど精神性の深い演奏とは思わない。しかし音楽の外枠をしっかり提示し、基本的にインテンポで流れを重視したその演奏は大変スマートな印象を与える。反面、第二ヴァイオリンやヴィオラといった内声部の表情は控えめで、立体感という点ではやや不満も残る。

とはいえ、マーラーのサウンドが持っている抜群の面白さを、透明度が高く洗練された響きでドラマティックに描いてみせてくれた。私はとてもリラックスした気分で、心から演奏を楽しんだし、日本を代表するオーケストラの高い実力を今頃になって認識することもできた(遅すぎる!)。

下衆な話で申し訳ないけれど、こういう上等な音楽とサウンドをS席でも9,000円程度で楽しむことができるのだから、もっとこのコンビの演奏を聴いてみたいと思うようになった。欲を言えば、このオーケストラの本拠地が私の大好きなサントリーホールだったら、とも思う。しかし、それは無い物ねだりである。

いや、むしろ最も演奏し慣れているNHKホールでの演奏こそ、N響の実力がいかんなく発揮されるのだろう。それに、ひとつのオーケストラをその本拠地とするホールで繰り返し鑑賞するという体験自体が、ちょっと想像しただけでもすこぶる魅力的だ。それは私の音楽観にも少なからぬ影響を与えるに違いない。

私にとって、日本のオーケストラを生で聴く2回目の体験は、すばらしく有意義なものとなった。パーヴォ・ヤルヴィ氏とNHK交響楽団には感謝の一言しかない。「どんな音楽にも虚心坦懐に耳を澄ませること」、その大切さをあらためて胸に刻んだコンサートになった。

by raccocin | 2015-10-12 11:04 | 音楽とオーディオが好き

定額制音楽ストリーミングについて、というか素晴らしすぎるApple Musicについて

ご存知のとおり、アップルが満を持して定額制音楽ストリーミング・サービスに参入した。日本でも今月1日からサービスを開始した”Apple Music”である。世間では、早くもドハマりしている人が続出しているようだ。その一方で、やや懐疑的な人もいるらしい。私はと言うと、ご多分にもれず、かなりハマってしまっている。

今さら私ごときが言うのもなんだが、音楽を聴く手段は、かつて主流であったレコード、カセットテープ、CDといったフィジカル(物質として存在するモノ)から、デジタル(ダウンロード、ストリーミングといったデータのみを扱うもの)へと大きく変わりつつある。

ところで、かつての私は、それなりにCDを買っていた人間である。そのピークは97年と98年で、年間100枚くらい買っていた。97〜98年というと、世界的にCD売上数がちょうどピークに達していたときだ。これは単なる偶然なのだけれど、私も世の中のCD売上数向上に貢献していたことになる。

私は1995年秋に単品コンポで初めて組んだオーディオシステムを手にしていて、97〜98年あたりは、音楽をいい音で聴くのが楽しくてたまらない時期だったのだと思う。しかし99年に、もっといい音を求めて機器を買い替えた結果が失敗に終わり、音楽を楽しい音で聴けなくなってしまった。その結果、99年からソフトの購入量が減ることになる(2001年にLINNのフルシステムを購入して立ち直る)。

その後、私は結婚をして、よくある話だろうが月々のお小遣い制に変わり、独身の頃のようには音楽ソフトにお金をかけることができなくなった。つまり、手持ちのソフトを大事に繰り返し楽しむことが基本になっていったのである。

その後もしばらくの間、音楽ソフトを買う場合は相変わらずCDを選んでいた。当時、既にiTunes Storeは始まっていたけれど、ダウンロードでデータだけ買うのは味気ないと思っていた。

なによりも、結構な価格のCDプレイヤー(LINN IKEMI)を持っていたことが大きいだろう。もしもMacから取り出したデータを再生して、手持ちのCDプレイヤーを超える音質を得ようと思ったら、DACなどの機器を新たに買い足す必要もあった。それらの手間と追加費用が、私にダウンロードを選ぶことをためらわせていたと思う。

結局、私が初めてダウンロードで音楽を聴くのは、2010年にLINN MAJIK DS-Iを買ってからだった。このDAC一体型のインテグレーテッドアンプとNASを接続して、NAS内に格納した音楽ファイルを再生するというオーディオシステムを新規に構築したのだ。つまり、データで音楽を聴かざるをえない環境を自ら作ったとき、ようやく重い腰を上げてダウンロードというものを利用したに過ぎない。

MAJIK DS-Iを買うときにCDプレイヤーは手放してしまったので、あれから今日までの5年間、私がCDを手にするときというのは、すなわちMacでリッピングをするときだけになっている。iPhoneやMacを使ってNASから聴きたい音楽を気軽に取り出す生活は、すっかり家族の中に浸透している。これは慣れてしまうと、もう二度と後戻りできない快適さで、私はこのやり方を心から愛するようにさえなっている。

そうやって音楽を聴くようになってからは、音楽ソフトを買うときも、極力ダウンロードを選ぶのが習慣になった。データだけ買うのが味気ないという気持ちは、まったくなくなったわけではないけれど、CDを買ってきても収納するスペースがないのだから、そこは割り切るほかない。実際のところ、今は割り切ることにすっかり慣れてしまった。

もちろん、iTunes Storeで買えるのはAACの圧縮音源だから、CDを買ってきてロスレスでリップしたときより音質的に劣ることは承知している。しかし、iTunes Storeからダウンロードした音楽の音質に、私はほとんど不満を持っていない。これは十分に音楽を楽しめる音だと思っている。

10年くらい前の私に比べると今の私は、音質について細々としたことを気にしなくなってきたという側面もある。音が悪いことが気になってしまって音楽に集中することを妨げられるようでは困るが、そこを最低限クリアしているならば、それで良しとしているのが今の私なのだ(そうは言っても、オーディオに投入されているお金はアクセサリー類を含めると、ほぼ100万円。世間的には音質にうるさい人間と分類されてしまうだろう)。

そんな風に、ダウンロードで音楽を楽しむことが世の趨勢になりつつあったところに現れた新しいサービス、それが定額制音楽ストリーミングである。

勉強不足の私とはいえ、Music Unlimitedなど先発の定額制音楽ストリーミング・サービスの存在は知ってはいた。ただ、なぜか触手を伸ばすことはなかったのである。Music Unlimitedには手を出さずにいたのに、Apple Musicに手を出すのはなぜかと問われれば、もうそれはアップルがやってくれるサービスだから良いに違いないという、ブランド主義的とも言える信頼感である。

しかしアップルがブランドであるのは、ブランドでいられるだけのことを実際にやっているからであって、まさに今回のApple Musicは、我々の音楽への接し方を大きく変えてしまうくらいのインパクトがあると思う。

7月1日に早速iOSをアップデートし、Apple Musicを使ってみて2週間弱。正直、どうしてこういうものが自分の若い頃に存在しなかったのだろうと歯がゆい思いに駆られるくらい、これは素晴らしいサービスである。

まず、For Youに日替わりで届けられるオススメが楽しい。アカウントで、自分の興味のあるアーティストを登録しておくと、私が好んで聴きそうな様々なジャンルのプレイリストやアルバムを提案してくれるのだ。

これを書いている間も、『レディー・ガガが影響を受けたサウンド』、『Miles Davis: The Columbia Years』といったお薦めプレイリストを聴いている。知っている曲(演奏)と知らない曲(演奏)がブレンドされている塩梅が、またちょうどよい。知っている曲ばかりでは張りがないし、かと言ってすべて知らない曲だと親しみが湧きにくい。

もちろんこんなのは偶然に違いないのだが、まるでこちらの音楽体験がどの程度なのか知っていて薦めてくれているような錯覚に陥るのだ。早くもApple Musicに絡めとられている自分に気付いて笑ってしまう。

自分の保有するライブラリの中から主体的に選んだ音楽を聴くのは、もちろん楽しい。しかし、数千枚単位でレコード・CDを持っている人ならともかく、私のようにたかだか数百枚しか持っていない人間からすると、自分のライブラリにこだわっていたら、聴くものがすぐにパターン化してしまう。

自分が所有していない音楽を聴く方法は、今までにもラジオやYouTubeなどがあった。それらとApple Musicが決定的に違うのは、「アルバム単位で聴ける」、「あるテーマに沿った聴き方ができる」、「多様なジャンルの音楽に触れられる」といった点だろう。

ラジオは通常、アルバムから切り離した1曲単位でプレイされ、インターネットラジオならジャンルも局ごとに限定されてしまう(Eclecticな局を除く)。放送のラジオならジャンルは多様なものがかかるが、トークやCMなども多いから音楽鑑賞に集中できない。

一方、YouTubeの場合、やはり多くは1曲単位で登録されているし、何と言っても映像というある意味余計なものが付いてくるので、音楽だけを聴きたい人には都合が悪い(ディスプレイを消しておけば音楽だけ聴けるけれど)。

その点、Apple Musicの場合、For Youに届くオススメもアルバム単位なのが大きな利点である。ジャケットだけは何度も目にしていながら、いまだに聴いていない名盤もたくさんある私にとって、これはとてもありがたいサービスだ。プレイリストについても、あるテーマに沿ったコンピレーション・アルバムとして聴くことができる(実際にプレイリストの多くはCD1枚に収まるような長さである)。

エレクトロニックに興味があるとアカウントで設定しておいたら、普段耳にすることがないアンビエント・ミュージックなども薦めてきてくれて、早速、音楽の世界が広がってきているところだ。

もしも気に入ったプレイリストやアルバムがあれば、My Musicに追加すればいつでもアクセスできるし、またオフラインで聴くためにローカルへ保存することができるのも嬉しい。

その結果、ラジオやYouTubeでありがちな「つまみ食い感」や「ながら聴き感」と距離を置いた、よりピュアな音楽体験が可能になるのだ。

自分で主体的に検索をしなくても向こうからオススメが毎日やってくるというのは、私のようにずぼらな音楽ファンにとって、ものすごく大きなメリットだ。ある程度は知っていると思っていた洋楽ロック、ジャズ、クラシックなども、毎日For Youを眺めていると、自分の知っている曲やアルバムなどが、この広大な音楽宇宙の中ではごく一部に過ぎないことを痛感する。

Apple Musicとは、ソクラテス先生の言った「無知の知」を現代の音楽ファンに体感させる装置になるだろう(笑) 私自身、自分の持っているわずかなCDライブラリにこだわる気持ちが、すっかりどこかへ吹き飛んでしまった。

「音楽を所有する」から「音楽にアクセスする」接し方へ変わりつつある時代の流れに、私も遅ればせながら乗せてもらった感がある。

Apple Musicは、現代の音楽ファンにとってのライブラリ、つまり巨大な「音楽図書館」になることは疑いようがない。しかも、それがたったの月980円で利用できるというのだから、なんだか申し訳なくなってくるくらいだ。

もちろん、他社も定額制音楽ストリーミング・サービスを実施していて、それらと比較していないのだから、私がここで書いていることは冷静な分析というよりも、単なるアップル好きのオッサンが興奮して書いた思い込みという面もあるかもしれない。

海外に目を向けてみると、同じく月10ドル程度でサービスを提供するSpotify、またCDと同等の音質で月20ドルというTIDALなど、これらがいつ日本に上陸するかも注目だし、国内で先発のAWAやLINE MUSICだって、それぞれ特徴があるに違いない。

ところで音質と言えば、Apple Musicの256kbpsというビットレートについては、個人的には「可もなく不可もなく」といったところである。試しに”Led Zeppelin - Whole Lotta Love”を、初めにApple Musicで聴き、次にNASに格納したロスレスファイル(CDからリッピング)で再生してみた。使用機器は、LINN MAJIK DS-IとPIEGA Premium 3.2のコンビだ。

その結果、静けさ、音像の立体感、エネルギー密度、音のキレ、空気感など、多くのファクターでApple Musicはロスレスファイルに負けたが、それも比較するから分かることであって、初めからApple Musicしか聴かなければ、たいていの人は「いい音」だと満足するに違いない。

そもそも音質などというのは、音源とハードの相互作用で決まるのであって、「256kbpsなんてダメ」とか、「ハイレゾこそ現代の標準」とか、「いやいやアナログこそ最高」とか言ってみても仕方がない。

変な話、我が家の100万円のオーディオでハイレゾ音源を聴いた音より、1,000万円のオーディオでApple Musicを聴いた音のほうが、間違いなく優れているはずである。もしも1,000万円オーディオ氏から、「お前、そんな低レベルの音で聴いてちゃいかんよ」と叱られたら、私はどうしたらいいのだろう。

いや、別にどうもしないのだが(笑)、音がいいとか悪いとかいうのは、しょせんそういうことなのだ。その人自身が、音楽を楽しむうえで不足がないと思える音で聴ければ、それでよいのである。他人がつべこべ口を出す問題ではない。

その点、Apple Musicは私にとって十分である(※)。透明感がどうとか、質感がどうとか、うるさいことを言おうと思えばいくらでも言える音質ではある。しかし、少なくとも聴き手が音楽を楽しむことを妨げるようなものではない。おそらく世間の多くの人々がそう思っていることだろう(そもそも、この256kbpsというのは、現在のiTunes Storeで配信されている音楽のビットレートと同じである)。

もちろん、この素晴らしいサービスがさらに高音質で提供される日が来たならば、みんな素直に喜ぶに違いないが、現時点の音質でも一般的な意味で不足はないはずである。

以上、For Youの機能に限定して思うところを書いてみた。もちろん、既に聴きたいものが決まっているなら自分で検索をすればいいし、他にもRadio、Connectといった機能が用意されている。For Youしかほとんど使っていない私でもこれほど楽しんでいるのだから、もっと使いこなしていったらどうなってしまうのだろうと、思わず期待が膨らんでしまう。

特に、音楽ソフトに無尽蔵にお金を使えるわけではない多くの人々にとって、Apple Musicはもはや「福音」、「奇跡」と言っても大袈裟ではないだろう。まさに時代の変わり目に自分はいるのだということを、しみじみと考えさせられてしまう。

使っているうちに、また違った思いが湧いてくるかもしれないけれど、もうしばらくの間は、何も考えずにApple Musicがもたらす恩恵に浸っていたい。そんな気持ちにさせられるくらい、これは革新的なものだ。

*定額制音楽ストリーミングがミュージシャンやレコード会社など、音楽の作り手や売り手に及ぼす影響については、まだまだ不透明な部分も多いため今回は触れませんでした。


※このエントリを書いたときには、「Apple Musicの音質は自分にとって十分である」と考えたみたいだけど、最近では「やっぱりCDをロスレスでリップした音のほうが全然いいなあ」とあらためて感じている。両者の違いは、上のツェッペリンでの比較の際に感じたような部分である。

おかげで近頃の私は、また少しずつCDを買うようになっているのだ(リッピングを終えたら即ソフトケースに入れ替えて収納スペースを節約している)。

知らない曲や演奏を試し聴きしたり、電車の中でながら聴きするときなど、Apple Musicはたいそう便利なのは間違いない。でも、それで気に入った音楽があったらCDなりハイレゾなりで買って、じっくり聴くに値する音質で所有しておくのが、今のところ一番いいような気がしている。
(2016/1/1追記)

by raccocin | 2015-07-12 16:04 | 音楽とオーディオが好き

音楽ファイルのタグ(特にジャンル)について、またはマルチジャンルを聴くこと

私がLINNのアンプ一体型ネットワークプレイヤー、MAJIK DS-Iを買ったのが2010年の5月。つまり、もうすぐ5年が経過する。しかし、リッピングをサボりまくっているせいで、NASの中に入っている音楽は、アルバムで言うと、まだ300に到達していない。恥ずかしい限りである。

最近は、週末になると最低でも3枚はリッピングするようにしているのだが、我が家にはあと400枚くらいのCDがある。ざっと計算すると、もう2年半くらいかかって、やっとすべてのCDリッピングが終了するわけだ。MAJIK DS-Iを買ったときには、まさかここまで時間を食うとは思いもしなかった。

この調子でいくと、リッピングが終わったとき私は49歳になっている。ウーン。なんか、「40代を通じて関わり続けた一大イベント」って感じになっちゃいそうだな。まあ仕方ない。思うようにいかないのが人生なのだ。

さて、まだ300に達していないとは言いながら、それくらいの数のアルバムがNASの中に入っていると、やっぱり気になることが出てくる。私の場合、それはタグ情報である。特にジャンルについてだ。

音楽ファイルのタグ情報にはいろんなものがあるけれど、アーティスト、アルバム名、曲名などは、事実の通りに入れるだけだから、何かを考える余地は少ない。しかしジャンルについては、自分が使いやすいようにカスタマイズする人も多いと思う。

例えばクラシック音楽なら、単に”Classical”とするのではなく、さらにその中でも”Piano”、”Orchestral”、”Opera”などに細かく分けるのだ。私の場合、今のところは単に”Classical”である。今後、もっとリッピングが進んでくると、もしかしたら不都合が生じるかもしれないけれど、そのときはそのときで対処すればいいとタカをくくっている(ちょっと怖い気もする)。

ジャズだって単に”Jazz”なのか、それともバンドリーダーの楽器を中心にして、”Trumpet”、”Saxophone”、”Piano”などと分類しておくのか。私はと言うと、これまた単に”Jazz”(笑)
まあ、私が持っているジャズアルバムの数などたかが知れているから、全部リッピングを終えたとしても、TwonkeyMediaの「ジャンル/アーティスト/アルバム」あたりから入れば、お目当てのアルバムはすぐに見つけられるからいいだろう。

さて、次はロックである。私はリッピングを始めた頃、MaxというMac OS向けのリッパーを使っていた。このMaxは、iTunesも提供を受けているGracenote社のCDデータベースを参照し、そのメタデータを音楽ファイルに埋め込む機能を持っていた。この機能を使えば、そのアルバムがどのジャンルに属するのかについては、iTunesでリッピングしたときのデフォルトのものと同じになるわけだ。それで私は、「まあGracenoteが”Rock”と言うなら”Rock”、”Pop”と言うなら”Pop”にしておくか」という、実にお気楽な方針を採用していた。

それでも時々疑問に思うことはあった。例えば、Alanis Morissetteは”Rock”なのに、Avril Lavigneが”Pop”になるのは何故なのか。Duran Duranは”Rock”なのに、Fleetwood Macが”Pop”になるのは何故なのか。

アラニスがロックなら、アヴリルだってロックでいい気がするし、デュランデュランがロックなら、フリートウッドマックだってロックでいい気がしてしまう。もちろん、その逆に、両方ともポップということにしたっておかしくはない。一体何を基準にロックとポップを分けているのか、不思議でならなかった。

他にも、”Alternative”、あるいは”Indie Rock”などのジャンルが割り当てられるアルバムがある。これまた、何をもってオルタナティヴとかインディーズとか判断しているのか不思議だ。私は、Maxをひとしきり使った後で、X Lossless Decoderという、これまたMac使いの間でメジャーなリッパーに鞍替えしたのだけれど、相変わらずジャンルについては、さほど意識的でなく、基本的にはリッパーお任せにしてしまっていた(今は割り切ってiTunesを使用)。

ところが、あらためて冷静にNASの中を眺めてみると、ジャンルがおかしなことになっている。”Alternative”、”Alternative & Punk”、”Dance & House”、”Electronica”、”
Electronica/Dance”など、似たようなジャンル分けが併存してしまっているのだ。今までは見て見ぬふりをしていたけれど、一度気になり始めると、どんどん気になっていくのが人の常、というか私の常。

だから、これを機にジャンルを整理しようと考えた。まず決めたいのは、あえてシンプルに、言い換えれば大雑把にジャンルを設定するのか。それとも細かく分けて設定するのか。私は元々、ジャンルを細かく分けることに共感できない人間でもあるので、ここはシンプル派でいこうかと思っている。

ジャンルと言えば、いつだったか、ディスクユニオンのロック館に行ったときのことだ。私はお目当てのバンドのCDを探そうと思ったのに、あまりに細かくジャンル分けがされていたために、そのバンドのCDがどこに並べられているのか分からず、結局見つけ出すことができなかった。

私にとって音楽ジャンルというのは、それに沿ってCDを並べておくと探すときに探しやすい、というくらいの意味しか持っていない。それなのに、そのジャンル分けのせいで、自分の欲しいディスクを見つけ出せなかったのだから、このディスクユニオンの細か過ぎるジャンル分けは本末転倒としか思えなかったのだ。

あれは、単に物事を細かく分類・整理するのが好きでたまらない人が、同種の性向を持つマニアに向けてやっていることで、私のようにジャンルについて大雑把な考え方をする人間には、ありがた迷惑でしかない。

かつてデューク・エリントンが言ったように、音楽には「いい音楽と、それ以外」しかないのだ。大切なのはジャンルよりもクオリティ、そして多様性。異様に細分化されたジャンル(特に似通った性格を持つ隣接したジャンル)の間をぐるぐる回っている暇があったら、もっと異なった種類の、さまざまな音楽を聴いて楽しみたいと私は思う。

だから、例えばロックの世界で言うなら、「Aロック」、「A'ロック」、「A"ロック」の微細な違いを聴き分けることにばかり注力するような聴き方に対して、私はあまり共感を覚えない。

たしかに、「ロックの味わいの違いを知る」という目的のためには、ジャズやらクラシックやらを聴いている暇と金があったら、それらをロックを聴くことに集中投下したほうが効率的なのは間違いない。いまどきの言い方だと、「選択と集中」である。

しかし、そこから生まれるのは、「音楽ファン」というよりも「ロック・ファン」だろう。そこには、同種の味わいの微細な差異にのみ敏感な人間が出来上がるだけではなかろうか。それがミュージシャンの個性を味わうことにもつながるのかもしれないけれど、この種の聴き方は、この音楽という深い森の中の、ある一角だけを仔細に観察するようなものではないだろうか。

もちろん、それはそれで細やかな楽しみがあるに違いない。しかし、私は音楽の森のあちらこちらを訪ね歩き、さまざまな木々や草花、生き物を見て回りたいのだ。そのせいで、ある一角に絞って観察する人よりも、観察の仕方がいくぶん大雑把になっている、ということはあるかもしれない。

でも、そういう接し方のほうが、むしろ「ロックを聴く喜び」そのものを感じることができると思っている。例えば、ひとしきりクラシック音楽を聴いた後にロックを聴くと、「ああ、ロックっていいなあ」という感慨が沸き起こってくることがある。クラシックでもジャズでもない、ロックならではの楽しみ、それをしみじみと感じるのである。海外旅行から帰ってきた日本人が、味噌汁の美味しさを再発見するようなものだ。ロック&ポップばかり聴いていた昔の私は、こういう気分を味わうことがなかった。あくまでもそこにあったのは、上に書いたような「Aロック」と異なる「A'ロック」、または「A"ロック」の楽しみだけだった。

もちろん、他のどの音楽ジャンルよりもロックが好きならば、ロックばかり聴いてしまう気持ちは分かる。分かるのだけれど、せっかく古今東西の音楽に自在にアクセスできる時代に生きているのだから、やっぱり多種多様なものを聴いたほうが面白いではないか。

食べ物に例えて言うなら、現代の日本で「俺は一生、和食しか食べない!」と宣言し、それを貫くことに、何か意味があるのだろうか。もしそういう人がいたら、随分と変わった人だなあ、と思われてしまうだろう。実際には多くの日本人が、和食だけでなく、中華料理やイタリア料理、カレーにラーメン、エスニックといった風に、さまざまなジャンルの料理を食べている。それは、そのほうが単純に楽しいし、多種多様な美味しさを味わえるからだろう。

ところが音楽の世界はいささか様子が違うようだ。私の周りにも、性格が異なる様々なジャンルの音楽を楽しんでいる人は、さほど多くないように見える。ブログ、ツイッターなどネットの世界に目を向けても、ジャンルを絞り込んで聴いている人が多数派に見える。ブログなどではジャンルを絞り込んで書いたほうが読者を得やすいというのが定説だから、あえてそうしている人もいるのかもしれないけれど。

あれは誰だったか、「音楽ファンというのは保守的な人種だ」と言っていたのを思い出す。もしかしたら音楽ファンの心の中には、ひとつのジャンル、あるいは、かなり近接したジャンルだけを聴いて、他のものをシャットアウトすることを「気持ちいい」と感じるものがあるのかもしれない。私も高校生の頃、「俺は洋楽至上主義だ」なんて言っていて、邦楽しか聴かない人間をバカにしていたから、そんな音楽ファンの気分をなんとなく想像してしまうのだ。

このあたり、音楽というのは、少し宗教とか政治的主張に似ているような気がする。そこには何か人を意固地にさせるものがあって、「自分が、これを好きだとか良いと思っている感情は世界で唯一正しいもので、それを守るためには他の異なるものを否定しなければならない」という、排他的な感情を呼び起こすところさえあるのではないか。言い換えれば、それほどまでに人を夢中にさせ、盲目的とも言うべき愛を抱かせてしまうのが、音楽というアートなのだろう。

かく言う私だって、「自分はマルチジャンル・リスナーだから、世の中の多数派とは違い、もっと広い視野を持って音楽に接しているのだ」と自分を正当化しようとする気持ちがどこかにあって、こんな駄文を書き連ねているだけかもしれない。

そもそも私の場合、マルチジャンルと言ったところで、「ロック、ジャズ、クラシックが三本柱」という状態が、もうここ10年以上続いている。そこに例えばR&Bとかヒップホップとかエレクトロニカとか、だいぶ性格が異なるジャンルがグッと食い込んできたかと言えば、そんなことはない。三本柱以外のジャンルは少しだけ聴いているに過ぎないから、その意味では、やはり私も保守的な音楽ファンの一人に違いない。

だから、これからはロック、ジャズ、クラシック以外のジャンルをどんどん聴いていきたいと思っている。私は小学生の頃、YMOの大ファンだったから、もっとテクノとかエレクトロニックを聴いたら、今とは大きく違った楽しみが得られるような気がしている。ブルーズを全然知らないのも長年のコンプレックスだし、他にも聴きたい音楽がありすぎて困ってしまう。40代半ばの私は、あと30年くらいで死んでしまう可能性も結構あるのだから、今すぐ取り掛からないといけない。

というわけで、要するに私はジャンルをちまちま細分化するのが好きではない。だから我が家のNASの中身が、”Alternative”、”Indie Rock”、”Rock”、”Pop”とか細かく分かれているのを、”Rock/Pop”、”Dance/Electronic”、”R&B/Soul”、こんな感じでざっくり括る分け方に変えようかと思っている。

私が思うに、こういうことは、家にあるすべての音楽をファイルで管理することにした時点で、自分流のルールを決めておくのが一番だ。私みたいに途中でやり直すのは大変な手間がかかるから。これからネットワークオーディオとかPCオーディオとか呼ばれるものを始める人は、初めにタグの管理法をしっかり決めるのが絶対にいいですぞ!

by raccocin | 2015-02-11 19:39 | 音楽とオーディオが好き

私のオーディオ遍歴/第3期 2001年

大変長らくお待たせいたしました(?)、「オーディオ遍歴/第3期」です。このあいだ第2期について書いてから、随分と長い時間が経ってしまいました。やっとアップします。

さて、当ブログの「私のオーディオ遍歴/第1期」では、初めてオーディオシステムを組んで幸せに過ごした1995年から97年のことを、「第2期」ではアンプ、CDプレイヤー、そしてスピーカーまでもグレードアップ、遂にシステム全体を入れ替えてみたものの、期待したような結果にはならず、楽しいばかりとはいかなかった1998年から2000年について書きました。

この「第3期」では、第2期のシステムに別れを告げ、一気にLINNのフルシステムを導入した2001年のことについて綴ってみます。
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まず、私のオーディオシステムの変遷について、おさらいしてみよう。

CDプレイヤー
(95年)デンオン DCD1650AL →(99年)Wadia830

インテグレーテッドアンプ
(95年)オンキョー Integra A-927 →(98年)アキュフェーズ E-306V

スピーカー
(95年)B&W Matrix 805V →(99年)アクースティックラボ ステラ・オパス

この《Wadia830 - E-306V - ステラ・オパス》からなるシステムの音は、細かい音はよく出て純度も高く綺麗なのだが、痩せていて肉付きが悪く、生気に欠けるものだった。99年秋にステラ・オパスを導入した時点で、第1期のシステムとはすべての装置が入れ替わったわけだが、残念ながら翌2000年は、納得のいく音ではないため、音楽を心から楽しめた時間は少なかったと思う。

使いこなしで何とかしようという試みはしたはずなのに、この時期のことは私の脳味噌も忘れたいと思っているのだろうか、うまく思い出すことができない。

なにしろ、99年は春にWadia830を買い、秋にはステラ・オパスを買って散財してしまったから、翌2000年はじっとおとなしくしていた。しかし、年が明けて2001年になると、やはりこの状態のままでは音楽を聴いても全然楽しくないから、なんとかしないといけないと再び考えるようになった。

私は当時まだ実家にいたので、1年間オーディオ機器を買わなければ、それなりに小遣いは貯まってくる。だから、もう1度投資してみるかという気持ちになった。

まず、システムのどの部分を替えるのかについてだ。単純に価格バランスから見ても、アンプが一番弱いと思われたので、まずアンプを替えようと考えた。Wadia830とステラ・オパスの潜在能力は高いだろうと、私なりに思っていたこともある。

例によってオーディオユニオン、テレオンなどを回って試聴した。
私は、ちょうどこの頃、あるオーディオショップの存在を知った。ご存知な方は少ないかもしれないけれど、その名を「ホーム商会」という。東横線の学芸大学駅の商店街という、オーディオショップとしては珍しいところに店を構えている。

私は、たまたまこの商店街を歩いているとき、この店を発見した。あれっ、こんなところにオーディオショップがあるなんて、と思ってふらっと入ってみたら、ハイエンドな製品まで扱う本格的な店なので驚いたのだ。

早速、私は現在のシステムの不満点を説明し、なにか良いアンプはないだろうかと相談してみた。

すると、それからしばらく経ったある日、ホーム商会から電話があった。
「いい出物がありましたよ、ラッコさん」と店員さんは嬉しそうに話す。聞くと、ジェフ・ロウランドのモノラル・パワーアンプについて委託販売の依頼が入ったのだという。このお店は委託販売も受け付けているのだ。

販売を委託した現オーナーの希望価格は、たしか70万円くらいだっただろうか。それくらいなら手が出なくはない。そして中古品にも関わらず、自宅まで持ってきて聴かせてくれるというから、私は試聴を希望したのだ。

その製品とは、MODEL 6である。ジェフ・ロウランドのモノラル・パワーアンプというと、正面から見るとほとんど真四角のようなバカでかい製品もあるが、このMODEL 6は、ごく普通のインテグレーテッドアンプ程度の大きさだったから、6畳間に机、ベッド、衣装ダンスが押し込んである私の狭い部屋にも置けそうだった。

プリアンプについては、当時使っていたアキュフェーズ E-306Vにプリアウトの機能があったし、またWadia830にも可変出力の機能が備わっていたから、とりあえずそれらを使うことを考えた。ところがホーム商会がオススメとして持ってきてくれたのは、フェーダーだった。

フェーダーというのは、私ごときが説明するまでもないけれど、録音スタジオでエンジニアが使うコンソールに、上下にスライドさせるツマミがずらーっと並んでいる、あれのことである。それを左右2ch分だけにした小型の装置を持ってきてくれたのだ。かつて日本のオーディオ界では、プリアンプを使わずにこれで音量を調整するのが一部で流行ったらしい。

そこでこのときはホーム商会さんオススメのとおり、《Wadia830 - フェーダー - ステラ・オパス》という、E-306Vを通さない接続にして試聴してみたのである。

果たして、このMODEL6で鳴らしたステラ・オパスの音は、まさしく「圧巻」だった。

Chick Corea/Remembering Bud Powellから”Bouncin’ With Bud”を聴くと、一音一音に凝縮されたエネルギーがみなぎっている。肉付きはたっぷりしていながら引き締まっているし、音色も素晴らしくリッチで色彩豊か。最高に美しくエネルギッシュな音楽がスピーカーから溢れ出したのだ。

同席していたホーム商会の店員さんも、「これ、ヘタな大型スピーカーより全然良いね」と感心していたくらいである。

他にもブーレーズ/ウィーンフィルによるマーラー/交響曲5番を聴いたが、これがまた絶品だ。とりわけ弦楽器の艶やかさが半端ではない。艶やかと言っても、巷でよくあるような、ピカピカと光る安っぽい艶ではない。あくまでもしっとりとしたエレガントかつ上品な艶である。
しっかりとしたボディーの上に、きめ細かくシルキーとしか言いようがない美しい艶が乗るこの様は、ある意味、生音を超えているとすら言える。試聴であることを忘れ、思わず陶然としてしまった。

私はウィーンフィルの生演奏を3回(神奈川県民ホール1回、サントリーホール2回)聴いているが、それらのどれよりも、この日のステラ・オパスがきかせてくれた音は美しかったと、私は思い切って言ってしまいたい。
それは、オーディオから出る音が生音の美しさを超えるということが本当にあるのだと、初めて知った瞬間だった(それが正しいことなのかはともかく)。

このスピーカーを買ったとき接客を担当してくれたオーディオユニオンの中山さんが、「このスピーカーって、ツイーターの出来が出色じゃないですか」と言っていた意味が、このときやっと分かった気がした。たしかに、この美しさ、とりわけ弦楽器のそれは絶品である。

E-306Vで鳴らしていたときとは、まさしく雲泥の差だ。と言うより、同じスピーカーが鳴っているとはにわかに信じ難いくらいの激変ぶりだった。スピーカーから出てくる音は、アンプによってここまで変わってしまうのだということを、私は思い知らされたのだった。

また、購入して以来ずっと、価格ほどのパフォーマンスを発揮しているとは思えなかったWadia830だが、この日の素晴らしい音には、このCDプレイヤーの能力も寄与していることがうかがえた。もちろん、以前使っていたDCD1650ALをもう1度つないで比較したわけではないのだから、これは単なる想像の域を出ない。
しかし、かつてDCD1650ALからWadia830に買い替えたときに感じた、音像の凝縮感と音場の立体感、そしてプレーンな音色が、このとき初めて真に威力を発揮したように私には思えたのだ。

さて、この日は他にも何曲か試聴したはずだが、正直、よく覚えていない。しかし、上に書いた2曲が私に与えたインパクトは凄まじく、もうそれだけで十分過ぎるくらいだった。私はその場で、このMODEL 6を買うことを決心し、そのまま部屋に置いていってもらった。

さあこれで、ようやく真価を発揮したステラ・オパスと共に、最高のミュージックライフが始まることになるはずだった。ところが、私は時間が経つとともに、なんとなく不安になってきた。

こんなハイエンドなパワーアンプを買ってしまったら、もう後戻りはできないだろう。今は最高の音だと思っていても、人間の耳というのは必ず慣れてしまうものだから、今度はこのパワーアンプに見合ったプリアンプが欲しくなるに違いない。フェーダーを使って音量調節をし、いつまでもプリアンプを省略した、言わば未完の状態でずっと楽しんでいけるとは、私には到底思えなかった。もしかしたらCDプレイヤーだって、もっと良いものが欲しくなるかもしれない。

私はごく普通の給与生活者だから、そんなハイエンドなオーディオシステムを今後も維持していくのは難しいのではないかと、急に冷静になって考え始めたのだ。一度そんな考えが頭に浮かぶと、これ買います、と簡単に決めてしまった自分の軽卒さが腹立たしくなってきた。私は基本的に、高額なモノを買うときはじっくり考えてから決めるのに、このときばかりは目の前で鳴っていたあまりの素晴らしい音に目がくらんでしまったのだろう。

その日の夜、ベッドに入ると、電源を入れっぱなしにしていたMODEL 6からノイズのようなものが聞こえてきた。「ブーン」という、今まで使ってきたアンプからは聞こえてきたことのない種類のものだった。電源が発しているのだろうか、それにしては大きめの音だ。まずい買い物をしてしまったのかもしれないと考えていた私を、この音はいっそう不安にした。

翌朝、目が覚めても、新しいオーディオ機器を買ったとき特有の高揚感は、これっぽっちもない。あるのはモヤモヤした気分だけである。

私は決心した。よし、購入をキャンセルしよう。
お店が販売委託を受けて一時的に預かっている品なのだから、返すことはできるはずだ。やはり、ハイエンド・オーディオシステムは、私にとって持続可能なものとは、どうしても思えなかったのだ。もっと身の丈に合ったシステムを、もう一度時間をかけて探したほうがいい。

私は早速ホーム商会に電話をかけ、昨日の話はなかったことにしたい、と告げた。店員さんは驚いて、せっかくあんなに感動できる音に出会ったのに、もったいないというような話もしてくれたけれど、私の決心は揺るがなかった。すぐに店員さんはMODEL 6を引き取りに来てくれた。

さて、こうして、見事な音をきかせてくれたMODEL 6は、わずか1日で去っていったわけだ。しかし、これで良かったと、私は心底ホッとしていた。このとき購入をキャンセルしたのは正解だったと、今でも思っている。

「そんなに先々のことまで考えなくても、思い切って買ってしまえば良かったのに」と思う方もおられるだろうが、私は将来まできちんと見通しが立っているのが好きな性格だから、こうするしかなかったのだ。

やはり一般論として、オーディオシステムを組むときに、これは自分にとって経済的に持続可能なものなのかという理性的な問いかけは、したほうが絶対に良いと思う。できるだけ良い音で聴きたいのは誰しも同じだろう。でも、そのためにすごく無理をしてしまったら、音楽を聴くという楽しいはずの行いが、どこか窮屈になりはしないだろうか。
もちろんこれは価値観の問題で、ローンを組んででも絶対に欲しいオーディオを手に入れて、そのために必死に働くのだという人もいるだろう。

でも私の場合は、あくまでも無理をしない(特にローンは絶対に組まない)で買える範囲の製品から選ぶことをポリシーにしていて、それは今後も変わらない。
まあ、今になって考えると、ステラ・オパスという実売で70万円以上もするスピーカーを買ってしまったのが間違いだった。そのクラスのスピーカーを十全に駆動するために、どれくらいのお金がアンプにかかるのかということを、当時の私は全然分かっていなかったのだ。

ただ、そうした失敗を経たうえで、その後のオーディオの選び方が少しはまともになっていったのだから、あれは高い勉強料だったのだと思って自分を納得させるほかないと思っている。

こんなわけで、アンプ選びは一からやり直しになった。
次に私が相談したのは、かつて自宅でデモ試聴をしてくれたサウンドクリエイトだった。私が現状のシステムについて説明すると、店員さんはこんなことを言った。

「その組み合わせは、ポルシェのボディにトヨタのエンジンを積んでいるようなものですね」

どうやらステラ・オパスが「ポルシェのボディ」で、アキュフェーズが「トヨタのエンジン」ということらしい。車を買ったことがない私には、ちょっとピンと来ない話だったが(笑)、要はスピーカーに対してアンプの力が圧倒的に不足しているということが言いたかったのだろう。

とにかく私は、新品での実売価格がMODEL 6ほど高くなく、それでいてステラ・オパスを十全に鳴らすことができるアンプを探さなければいけなかった。そこで初めに試聴させてもらったのが、同じジェフ・ロウランドのConcentraだ。このコンセントラは同社が初めて手がけたインテグレーテッドアンプである。

これを私は貸し出ししてもらい、我が家でじっくりと試聴してみたのだ。ところが、コンセントラはMODEL 6には遠く及ばなかった。MODEL 6はステラ・オパスを完全に掌握していた感があり、力強く優雅にスピーカーをドライブしていた。ところが、コンセントラで聴くステラ・オパスの音は、力感はそれなりにあるのだが高域に刺激感が出てしまい、ある種の粗さを感じさせるものだった。グリップ感の乏しい音と言ったらいいだろうか。

前述したが、このスピーカーをオーディオユニオンで試聴したとき、つながっていたアンプはアキュフェーズの一番安価なセパレートアンプだった。それでもなかなかの音がしていたから、私が使っていた同社のインテグレーテッドアンプであるE-306Vでもイケるかと思ったのだ。しかし、その結果は惨憺たるものだった。

そしてこのように、ジェフ・ロウランドにおいても、インテグレーテッドのコンセントラと、セパレートのモノラル・パワーアンプであるMODEL 6との違いを目の当たりにした。たとえ同じメーカーでも、インテグレーテッドとセパレートでは、駆動力や音の品位に大きな差があるという当たり前の事実を、あらためて知ったわけだ。

コンセントラのような超高級機であっても、インテグレーテッドアンプでステラ・オパスを活き活きと鳴らすのは難しいようだ。そう考えた私は、次にセパレートアンプの試聴をリクエストした。

それは、ボウ・テクノロジーズのWALRUSとWARLOCKだ。同社が手がけた初のセパレートアンプである。デザインも上品でクールだから、優美なステラオパスとのマッチングも最高だ。

しかし、肝心の音については、残念ながら満足のいくものを聴かせてはくれなかった。どんな音だったかよく覚えていないから、そんなに悪くもなかったのだろうが、いずれにせよステラ・オパスの性能を十分に発揮させているとは思えなかった。

どうやら、このスピーカーは相当アンプを選ぶようだと私は悟った。MODEL 6で鳴らした音があまりに素晴らしかったから、なんとかそれに準ずる音を出したいと考えたけれど、私の財力で賄えるアンプでは、このスピーカーを伸び伸びと鳴らすことは難しそうだった。オーディオユニオンで試聴した際に使われていたアキュフェーズのセパレートの入門機を買うこともできただろう。しかし、もうアキュフェーズを使う気にはなれなかった。

MODEL 6との組み合わせが生み出した、あの超絶的美音を一度知ってしまうと、それより劣った音を聴いていても仕方がないと考えたのかもしれない。
もう10年以上も前の話なので、当時の私の心の動きをすべて思い出すことは難しいけれど、「70万円のスピーカーから、本来の性能の3割のパフォーマンスしか引き出せずに我慢して聴き続けるくらいなら、もっと安価なスピーカーを買って、その本来の性能の8割または9割を引き出したほうが気持ちが良いし、精神衛生上もよろしい」と思ったのかもしれない(何をもって「本来の性能」と言うのか、という面倒な問題はとりあえず脇に置かせてもらう)。

そんなわけで、私は遂にステラ・オパスを手放すことを決心した。いや、スピーカーだけではない、アンプやCDプレイヤーも含めて全面的に見直そうと考えたのである。私はやるとなったら徹底的にやらないと気が済まない、変に潔癖なところがあるのだ。

それに、あらためて思い返すと、オーディオに関する私の苦労は、アキュフェーズのE-306Vを買ったときから始まっている。シャンパンゴールドの真面目すぎる外観も正直見飽きていたし、これを手放すことに何のためらいも感じなかった。CDプレイヤーのWadia830も、MODEL 6、ステラオパスとの組み合わせでは素晴らしい音をきかせてくれたが、価格に見合った価値が本当にあるものなのか、確証は持てないでいた。

こうしてシステム全体を一から見直すことにした私が、満を持して狙いを定めたのが、LINNである。サウンドクリエイトは元々、LINNをイチオシにしている販売店だから、すぐに試聴することができた。

まずお店で聴かせてもらったのが、CDプレイヤーのIKEMI(アイケミ)、プリアンプのKOLEKTOR(コレクター)、パワーアンプのLK140、そしてスピーカーのNINKA(ニンカ)からなるシステムだった。

このシステムからきこえてきたのは、良い意味で強い個性の無い、ナチュラルな音だった。もう少し高域が柔らければ更に良いとは思ったけれど、素性の良さを感じた私は、サウンドクリエイトお得意の自宅試聴をお願いすることにした。店で聴いたのとまったく同じシステムを、丸ごと自宅に持ってきてもらったのだ。本当に凄いサービスだと思う。

当日は店員の花木さんが見えて、セッティングをしてくれた。この日はラックも持ってきてくれた。クアドラスパイアのQ4Dである。今ではすっかりおなじみになっている製品だから説明不要だろう。

現在のLINNのデジタルプレイヤーとアンプは、KLIMAX、AKULATE、MAJIKの3つのグレードに明確に区分されていて、デザインもそれぞれ別のものを採用しているが、当時はそうではなく、価格にかかわらず、いわゆる「黒箱」と呼ばれる統一されたイメージのデザインを採用していた(超弩級のCD12は別。また、一部製品には現在のMajikシリーズと似たデザインが既に現れていた)。

私はこのデザインも素敵だと思っていた。思い切り装飾性を排除してあり、簡潔でコンパクト。3つ並んだときの色、形、サイズの統一感がまた素晴らしい。
もしも他のブランド、特にシャンパンゴールドでフルサイズなんていう製品の中にLINNがひとつだけ混ざっていたら、ただ地味なだけかもしれない。しかし、CDプレイヤーからパワーアンプまで黒箱で統一してみると、コンパクトで愛らしい中にも精悍さが漂い、実にカッコよくなるのだ。

さて、自宅で聴いたこのシステムの音は、店で聴いたものとはまた違っていた。店で聴いた音は、高域にわずかな鋭さを感じさせるものだったけれど、自宅で聴いた音にはそれが一切なかった。あくまでもしなやかで、音色は穏やかな中にもコクがあって、ある種の慎ましさすら感じさせる。しかし、音の芯はしっかりとしているのだ。

そのジェントルな音は、長いこと心から音楽を楽しむことができない生活を送っていた私の心の中に、スッと入ってくるようなところがあった。

いつものように複数のジャンルから、いくつかの曲を試聴した。しかし、さほど長い時間はかからなかったと思う。

私は花木さんに向かって言った。「これ、一式ください」

システムを丸ごと入れ替えるという一大事ながら、決まる時はすんなり決まるものだ。もちろん、「いやあ、俺、なんかスゴいことしちゃったなあ」という感慨はあった気がするけれど。

ラックもクアドラスパイアのQ4Dを新たに導入することにした。
それまで使っていたコンポーネントはすべて下取りに出した。ケーブルや電源タップも、PADなど、一応はブランドもの(?)だったので、これも下取りしてもらった。おかげで、システム総入れ替えの割に出費は抑えられた。

やっとシステムが決まってホッとしたのはいいけれど、納品前に少し保留してもらったのが製品の色である。さっき書いたように、私は「黒箱」が好きではあったのだが、LINNのコンポーネントは、少しお金を上乗せするとオプションのシルバー仕上げも選べるようになっていたのだ。

NINKAの色も定番のチェリーの他にメイプルとブラックが用意されていた。
さらにうまい具合に、クアドラスパイアのラックにもチェリーとメイプルがあった。棚板と棚板を結合するポールも、ブラックとシルバーから選べる。

私が頭の中にイメージしたシステムのカラーリングは2通りである。
ひとつは、プレイヤーとアンプを定番の黒にして、スピーカーはチェリー、ラックもコンポーネントに合わせてチェリー&ブラックポールにするというものだ。この組み合わせは、渋さと落ち着きを持った、いかにもブリティッシュオーディオという雰囲気を感じさせるものになるだろう。

もうひとつは、プレイヤーとアンプをシルバー仕上げにして、スピーカーはメイプル、ラックはメイプル&シルバーポールにするもの。こちらは、打って変わって、明るさと軽快さを持ったモダンな雰囲気になるに違いない。

この異なる2つのイメージの間で、私は結構悩んだのを思い出す。どちらも捨てがたい。
結局、選んだのは前者の案だった。メイプル&シルバーの組み合わせはもちろん素敵だけれど、チェリー&ブラックの組み合わせのほうが、長く使ったときに飽きが来ないのではないかと想像したからだ。

実際に使ってみても、このチェリー&ブラックの組み合わせは渋くて良かった。しかし、さすがに10年も使っていると少し飽きてくる、というのが正直な感想である。
特にスピーカーはラックに比べて背も高く存在感があるので、余計に見飽きてくるのだ。また、経年変化により、チェリーという色は、少し黒っぽいというか濃い色になってくるので、見ようによっては少し重たく感じることもある。

私は現在、PIEGAのPremium 3.2という、アルミで作られた全身シルバーのスピーカーを使っている。結果論だけれど、「やっぱりラックをメイプル&シルバーポールにしておいたほうが、シルバーのスピーカーとのマッチングが良かった」と、今でも時々思うのだ。

もしも製品の色で迷ったときは、直感を信じて、単純に「いい色だな」「綺麗な色だな」と思う方を素直に選べばいい、というのが私からのアドバイスである。実際のところ、長年使っても飽きが来ないかどうかなど、自分だって本当には分からないのだから。

前述したとおり、電源タップやケーブルもすべて手放してしまったため、併せて新調した。
電源タップは通称「ブルータップ」と呼ばれるサウンドクリエイトオリジナルのものだ。その名の通り、シースの色が青いケーブルを使っている。これはイギリスで屋内配線に使われているものだという。コンセントケースはなんと、ナショナルの何の変哲もないプラスチックケースである。プラグもナショナル製だ。

つまり、この電源タップは、特段オーディオ用に設計された素材を使っているわけではないように見える。しかし、その音は良い意味で「効き過ぎない」素直なもので、ある種の安心感を与えてくれた。

スピーカーケーブルはLINNのK400を使ってバイワイアリングにした。インターコネクトケーブルはLINNのブラックケーブルで、電源ケーブルもとりあえず付属のものを使うことにした。

こうやって見てみると、コンポーネントとケーブルは、すべてLINN。ラックと電源タップはサウンドクリエイトお薦め品という、なんだか完全にLINNとサウンドクリエイトに染まった選択になってしまったが、それで結構という気分だった。
あの頃の私は、とにかくすべてを捨てて、完全に生まれ変わりたかったのだろう。そのためには、これくらい劇的に環境を変えなければいけなかったのだ(少なくとも本人はそう思っていた)。

手元に残して使い続けたのは一部のアクセサリーだけだ。記憶に間違いがなければ、PADのコンセント、スピーカーの下に敷くタオックのサウンドボード、それとスピーカー用に使うJ1プロジェクトのスパイク受けくらいだったろう。

さて、いい加減、肝心の音について少しは触れないといけない。
前述のとおり、自宅での試聴機が聴かせたのは「しなやかで、音色は穏やかな中にもコクがあって、ある種の慎ましさすら感じさせる」というものだった。

しかし、私のところにやってきた新品は、もう少し音のエッジがキリッと立った感じがあった(もちろん、いやな感じがする耳障りな立ち方ではない)。それは決して、まだ下ろしたてだったから、ということだけが理由ではない。私はこのシステムを9年ほど使い続けたけれど、試聴機が聴かせてくれたあの音は、ついぞ再現されなかったのだ。

その間、セッティングを変えたり引っ越しをしたりする度に音は変わったけれど、平均的なイメージとしては、「タイトな低域とコクのある中域の上に、程よくキリッとエッジが立った高域が乗っている」というもの。どちらかというとジャズやロックにマッチしていて、クラシックでは高音楽器の質感に不満を感じることもあった。

ここが機械の持つ怖いところで、いわゆる「個体差」というやつだろう。コンポーネントも接続ケーブルも自宅試聴のときと同じものを使っているにもかかわらず、同じ音は出なかったのだから。

いつだったか、寺島靖国さんが、「カートリッジを試聴して大変気に入り新品を買ってみたものの、自分のところに来た個体は音が違っていてガッカリした。試聴して気に入ったら、その試聴機をそのまま譲ってもらえ」という趣旨のことを雑誌で書いていた。

私も、こんなことなら、あの自宅試聴のときの個体をそっくりそのまま譲ってもらえば良かったかな、と考えたことがある。ただ、私は根が潔癖性のせいもあり、大の「新品好き」なのだ。オーディオを始めて20年近くが経つけれど、中古品というのはアクセサリーも含めて一度も使ったことがない(上に書いたジェフ・ロウランドも一日で手放した)。

そんなわけで、新しいシステムの何もかもを気に入ったというわけではない。しかし私は基本的にLINNの組み合わせを気に入って、長年使い続けることになる。

帯域バランスがよく整っていて、ビシッと決まる定位と奥行きある音場、穏やかだが凝縮されたコクのある音色とリアルな音像で、十分に聴きごたえがあるのだ。
聴き手にガンガン迫ってくる音ではなく、聴き手を引き込む音。ある程度は聴き手の方から音楽の中に入っていく必要があるかもしれないけれど、それをいとわない聴き手にとっては、押し付けがましさのない実直なLINNサウンドは、とても好ましいものなのだ。

かつて評論家の山口孝さんがインターナショナル・オーディオショウで、IKEMIのことを「音楽の軸を外さない音」と評していたが、その言葉は、まさしくLINNの製品全体に当てはまることだと思う。

このようにして、私はLINNのフルシステム《IKEMI - KOLEKTOR - LK140 - NINKA》を導入し、ようやく音楽を聴く喜びを取り戻したのだった。これが2001年初夏のことである。ステラ・オパスを導入したのが99年の秋だったから、ほぼ1年半ぶりだ。

やっぱり、いい音楽は、いい音で聴くのが楽しい。

私の中の長くて暗い時間にピリオドを打ってくれたという意味で、LINNというオーディオメーカー、そして、それを紹介してくれたサウンドクリエイトには心から感謝している。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私にとって、この2001年は、オーディオファンとして新たに生まれ変わったとも言える年。だから、あえて「オーディオ遍歴/第3期」は、この1年だけとします。

ちなみに、私が初めて自分用のコンピュータを手にしたのも、この年です。それはアップルのPowerBook G3。
今でも大好きなLINNとアップルとの付き合いが同時に始まった年なのだから、やっぱり2001年は個人的にも新世紀、ミレニアムの始まりだったと言えるでしょう。

私のように、コンポーネントのみならず、ケーブル、電源タップそしてラックに至るまで、ほぼすべてを一気に取り替えるという経験をしたことのあるオーディオファンは、おそらく多くはないでしょう。だから、ここに書いたことは、さほど人様の参考になるような話ではなく、ほとんど自分のための備忘録に近いです。

それなのに、いろいろ思い出しながら書いていたら、随分と長い文章になってしまいました。こんなに長大な駄文を最後までお読みいただいた方、本当にありがとうございます!



私のオーディオ遍歴/第1期 1995〜97年
私のオーディオ遍歴/第2期 1998〜2000年

* 第4期を書くのはいつのことになるやら。第3期を書いてちょっと疲れたので、また当分先の話になるでしょう…。

by raccocin | 2015-01-02 09:24 | 音楽とオーディオが好き

スピーカー買い替えました!

先週末は家族3人で銀座へ遊びに行ってきた。息子は(男の子はみんなそうかもしれないが)電車が大好きで、だから今回は新横浜から新幹線に乗っていった。息子はこれが2回目の新幹線で、外の景色を眺めて楽しそうにしていた。

ところで、今回銀座まで出かけたのには訳がある。前回のエントリで書いたスピーカー買い替えの件について話を進めるためだ。前回、LINN MAJIK DS-Iを買ったときはサウンドクリエイト本店のほうにお世話になったが、今回は支店とも言うべきサウンドクリエイト・レガートのほうへ出向いた。実を言うと先々週末もここへ来て、とりあえずお店に常備されているピエガのPremium 1.2とTMicro 6をMAJIK DSMで駆動してもらい、比較試聴させてもらったばかりである。

このときのPremium 1.2の音は、一聴しただけで、どこかハイエンドな空気すら漂わせる洗練されたものだった。私はいきなり、これでも良いかなと思ってしまったくらいである。
TMicro 6も悪くなかったが、高域がきらびやか過ぎるように感じたのと、その立ち姿があまりにも長身スレンダーで見かけが頼りないのがネックになった。いかにも子供がイタズラして倒してしまいそうな雰囲気が漂っているのだ。それに、どうせピエガを買うなら、このメーカーの最大の特徴であるリボンツイーターを搭載したものが欲しいと思ったのである。

そこで今回、フロアスタンディングのPremium 3.2を用意してもらい、ブックシェルフのPremium 1.2と比較させてもらったのだ。店員さんから、同シリーズの5.2はどうかと聞かれたのだが、正直、予算オーバーだ。それに、MAJIK DS-Iくらいのアンプだったら、1.2か3.2くらいのスピーカーのほうが釣り合うような気もする。
また、ピエガの製品の中で、リボンツイーターを搭載している一番手頃な価格のスピーカーというと、現状ではこのPremium 1.2と3.2なのだし、やはりこの2機種から選ぶことにしたのだ。

さて、今回はレガートの1階で試聴させてもらった。駆動するアンプは前回の試聴と同じくMAJIK DSMだ。この製品は、私が現在使用中のMAJIK DS-IにHDMI端子を搭載した後継機だが、NASに入った音源を聴く分にはMAJIK DS-Iと同じ音(のはず)だから、試聴にはうってつけの環境を準備してもらったことになる。

いざ試聴に入ると、よそ様のNASの中から曲を選んで試聴するのが初めてだったので、ちょっと手間取ってしまった。自分が聴き慣れた曲を探すのに時間が掛かってしまうのだ。昔なら、自分のお気に入りのCDを持参すれば済む話だったのだが。時代は変わったのだということを、あらためて実感してしまう。

結局、『キース・ジャレット/ケルン・コンサート』、『TOTO/アフリカ』、『マイケル・ジャクソン/ビリー・ジーン』、『マーラー/交響曲第5番』、『ワーグナー/ラインの黄金』などを聴いた。
それにしても、NASの中にレッド・ツェッペリンのアルバムがひとつも入っていないのにはガッカリした。サウンドクリエイトにやって来る上品なお客さんたちは、ツェッペリンなど聴かないのだろうか。せめて『Ⅱ』と『Ⅳ』くらい入れておいてほしいものだ。

さて、試聴は、まず3.2から始めた。
『ケルン・コンサート』は、清々しい美音が眼前にスーッと広がって心地良い。元々、ECMレーベル自体が透明感のある美音系のサウンドだというのがあるにしても、これは静寂感と伸びやかさが両立された実に綺麗な音だ。

『ビリー・ジーン』のシンセ・ベースは量感&密度感ともになかなかしっかりしているので感心した。このスピーカーのスレンダーなボディからすると意外なくらいである。

『第5番』や『ラインの黄金』は、ヴァイオリンやソプラノがキンキンすることがなく滑らかだ。滑らかと言ってもツルンツルンではなくて、適切な粒子感または肌理の細かさを感じさせる滑らかさである。高域が細身になりやすいデッカレーベルの録音でこの音ならば、他のレーベルのクラシック録音でもイケそうだと私は思った。

次に、1.2につなぎ替えてもらい、先程と同じ曲を聴いて比較した。
聴き始めると、中域から高域にかけてある種の穏やかさがあり、こちらの方がつながり良くスムーズに感じたが、聴き進むうちにその印象は薄れていった。だんだん低域のほうが気になり、そちらに気持ちが引っ張られていたのかもしれない。先程の『ビリー・ジーン』のベースは、ややスリムで軽くなるし、『アデル/ローリング・イン・ザ・ディープ』では、キックの音がもたつき気味というか、今ひとつ歯切れが悪い。

奥さんに確かめてみても、「なんか重い感じがする」とのこと。
私の試聴前の予想では、ブックシェルフの1.2のほうが歯切れ良いサウンドを聴かせてくれると思っていたので、これは肩透かしを食らった感がある。

ただし、ひとつ断っておきたいのは、この日の1.2は、タンノイのクラシックな大型スピーカーの上にちょこんと載せられていたということだ。1.2とそのタンノイの間にはサウンドクリエイトオリジナルのボードが挟まっているとはいえ、純正スタンドを使ったときに比べたら、やはり音質的に不利だったに違いない。私は純正スタンドに載せた音を聴けるものと思っていたから、この点は期待はずれだった。

私はここでもう一度3.2の音を確かめたくなり、再び3.2につなぎ替えてもらった。先程から聴いてきた曲をいくつか聴き直すと、気持ちは固まった。やはり3.2にしよう。

久しぶりにブックシェルフを使うのも面白い気がしていたのだが、私はロックもジャズもクラシックも聴くし、ハリウッドのドカーン、ボカーンな映画だって観るのだから、いろいろなサウンドに幅広く対応してくれそうな3.2がフィットすると思う。それに、テレビの脇に置くことを考えると、フロアスタンディングのほうが視覚的にもハマるに違いない。

そんなわけで、今回の私のスピーカー選びは、『PIEGA Premium 3.2に決定いたしました!
試聴時に装着されていた、オプションのボトムプレートも付けてもらうことに。これは音質向上のためだけではなく、地震のことや息子にイタズラされることを考えると、しっかり踏ん張れるボトムプレートは必須だと思ったからだ。

黒とシルバーから色を選べる前面グリルについては、明るい雰囲気を狙ってシルバーにしてみた。スピーカーの間にあるクアドラスパイアのラック(QAVM)がチェリー&ブラックポールなので、シルバーのスピーカーが浮いた感じに見える心配はあるけれど。いざとなったら、クアドラのポールもシルバーに替えれば、より雰囲気も合うだろう。

それにしても、奥さんからスピーカー買ってもいいよと言われて、たったの2週間で決めてしまったのだから早業だ。そう言えば前回のMAJIK DS-Iのときも、決断するまでは早かった。それ以前の私なら、あれこれ調べていろいろ試聴して、じっくり悩んでから決めたはずだ。
でも、今までの私の人生を振り返ってみると、買い物に限らず、何でも長い時間をかけて悩んだからといって、必ずしもベストの選択ができたとは限らなかった。意外と、今回のようにスパッと決めたときのほうが良い結果が出たりするかもしれない。

さて、このピエガ君、我が家にやって来たら、一体どんな音を奏でてくれるのだろう。いや、あのエレガントでスレンダーな姿形は、ピエガ君というより「ピエガ嬢」とでも言うべきか(笑)

納期は未定だけど、うーん、楽しみ。

by raccocin | 2014-04-29 21:11 | 音楽とオーディオが好き

スピーカーを買い替える…かもよ

今日、「ウチのスピーカーも随分長いこと使っているし、そろそろ買い替えたいなあ」、とダメ元で奥様に申し出てみたら、なんと。あっさり了承されてしまった。

現用のLINN NINKAは2001年に買ったものである(税抜き25万円(ペア))。今回もまた同価格帯の製品を選んだとしても、この10数年の間に技術は進歩しているだろうから、きっとサウンドクオリティは向上するはずだ。

ただ、せっかく買い替えたスピーカーに息子がクレヨンで落書きしたりするリスクがあるから、今すぐに買い替えるのが良いのかどうか、ちょっと考えてしまう部分もある。でも、やっぱり奥様の気が変わらないうちに買ってしまうのがいい気もする(笑)

とにかく、この30万円前後という価格帯は、各メーカーの製品が百花繚乱状態だから、すごく選び甲斐があるぞ。ムフフ、どれがいいかなあ。

ここのところ2台続けてトールボーイだったから、久しぶりにブックシェルフもいいなあ、という気持ちも結構ある。エラックのBS312なんか、ちっちゃいけどスゴいらしいし、昔から憧れていたソナス・ファベールのミニマ・ヴィンテージなんかも素敵だし(予算オーバーだけど)。
駆動するのがMAJIK DS-Iだから、MAJIK109にすれば絶対に変な音にはならないだろうけど、あまりにも安全パイか。それに、またもやLINNというのは芸がないかもしれない。

ハーベスのHL Compact7 ES3も良さそうだが、その伝統的(?)なプロポーションは、我が家のようにテレビの両脇に置くスピーカーとしては、最適とは言えないだろう。このCompact7シリーズは、あの菅野先生が激賞するくらいだから、音は最高のはずだが。それとも、HL-P3ESRとかにすればいいのかな。

なんてグダグダ言いながら、結局、息子のいたずらリスクを考えて買うのを延期するかもしれないけど。あまり期待せずに見守ってください。

by raccocin | 2014-04-13 18:04 | 音楽とオーディオが好き

HDtracksで初のお買い物〜日本からでも堂々と

LINN MAJIK DS-Iを買ってから、もうすぐ4年が経とうとしている。本当なら、我が家にあるCD(約700枚)のリッピングはすべて終え、豊かなミュージックライフを嬉々として送っているはずなのだが、先日も書いたように、リッピングは思ったように進んでいない(まだ200枚ちょっと…)。

初めは、無事リッピングが済んでから、落ち着いてハイレゾ音源などの新しい音楽を買って楽しもうと思っていた。しかし、たいして自由時間もない現状から考えると、リッピングはかなりの長期に渡る作業になりそうだ。というわけで、リッピングは気が向いたときにポツポツやることにして、いい加減に新しい音源を買っていこうと方向転換した。

そんな気分の中で先日ダウンロードしたのが、LINNの40周年記念アルバムだ。これはもちろんLinn Recordsから買ったのだが、ハイレゾ界のもう一方の雄(?)であるHDtracksでは、いまだに買い物をしたことがなかった。

実は、HDtracksで買い物をしようと試みたことはあるのだが、元々このサイトは米国在住の人にしか販売しないというスタンスを取っている。私のような外国に住む人間が買おうとすると、フリーのプロキシサーバーを経由してIPアドレスを偽装し、米国内からアクセスしているように見せかける必要があるという。ちょっとやり方を調べてはみたのだが、面倒くさがり屋の私は、いとも簡単にイヤになってしまった。

それに、ある方のブログを拝見すると、フリープロキシを使った直後、グーグルアカウントに外国から不正アクセスが試みられた、なんてことが書いてあるではないか。
「なんかよく分かんないけど、おっかねえなあ」と、臆病な私はスゴスゴと尻込みしてしまったのだ。

そんなわけで、「ハイレゾ音源を売っているのは別にHDtracksだけじゃないんだし、Linn Recordsその他から買えばいいや」という気分になっていた。

ところがだ。この前、本屋で『Net Audio』を立ち読みしていたら、例によってハイレゾの記事があり、その中でHDtracksでの買い物の仕方が解説してあった。その手順の中に、「名前や国名、カード番号などを入力し」とあるではないか。この「国名」のところに私は引っかかった。
「国名? 国名を聞いてくるということは、もしや…」 私は家に帰ってから落ち着いて調べることにした。

帰宅後、ドキドキしながらHDtracksのサイトにログインしてみる。ここでのサイトのデザインが変わっていることからして、期待が高まる私。すぐにアカウント情報を見てみる。すると、なんと!
今までは米国内の州が選べるだけで、あとはたしか“The Other Countries”とか書いてあったはずなのに、今では様々な国の名前が、ずらーっと出てくるではないか。これはスゴい!

そうなのだ、やっと、外国に住んでいても普通に買えるようにしてくれたのだ。いつの間に変わっていたのだろう。
まあ、いろんなアルバムを見て回っていると、やはり日本からは買えないタイトルも存在するのが分かる。おそらく日本国内のレコード会社との権利に関する問題だろう(単純にメジャーレーベルだからダメというわけでもなさそうで、その辺のことはよく分からない)。

一部に買えないタイトルがあるにしても、これはやはり朗報だ。私と同じように、プロキシサーバー経由でなんちゃらというのが面倒くさい人でも、これからはHDtracksで気軽に買い物ができるようになったのだから。

もちろん、ご祝儀にひとつ買わせていただきました。
“Miles Davis / Bitches Brew”である。まだじっくり聴いていないが、ちらっと聴いてみただけでも、たしかにハイレゾ感(?)がある。空気感に優れていて細部まで克明だが、キンキンしたところがない。これは良さそうだ。

今回のサイトリニューアルのおかげで、購入からダウンロードに至るまで、特に引っかかることなくスムーズに行えた。普段ネットで買い物をしている人なら大丈夫でしょう。英語のサイトだけど、たいして難しいことは書かれていないし。

ところで、その数日後、割引コードが記載されたメールがHDtracksから送られてきた。まるで、私が初めて買い物をしたのを知って、サービスで送ってきてくれたかのようだ(笑)

商売上手なHDtracksである。こうなったら、また何か買いますかね。

by raccocin | 2014-03-02 08:45 | 音楽とオーディオが好き

アバド死去に思う〜脱線してオーディオ話も

指揮者のクラウディオ・アバドが亡くなった。私はこの人の演奏が結構好きだったので、淋しい気持ちがする。と言っても、晩年の演奏のことはよく知らないのだが。最近はクラシックの新譜自体、ほとんど買わなくなってしまっているのだ。

LINN MAJIK DS-Iを買ったとき、「とりあえず手持ちのCDをリッピングすることを最優先しよう、ハイレゾ音源とか、新しいソフトを楽しむのは後でいいや」という風に考えていたせいもある。どうも私は変に几帳面なところがあって、ひとつのことをきっちり終わらせてからでないと、次の仕事に取り掛かる気がしないのだ。

ところが、その肝心のリッピングは、さっぱり進んでいない。かと言って、その代わりに新しいソフトを買っているかというと、本当にたまにしか買っていないから、ここ数年というもの、既にリッピングが済んでいる毎度おなじみの音楽ばかり聴いていたのである。

恥を承知で言うと、MAJIK DS-Iを買ってからもうすぐ4年が経つというのに、まだ200枚をちょっと超えたくらいしかリッピングできていないのだ(!)
つまり、平均すると週に1枚程度しかリッピングしていなかったことになる。いやはや、愕然とするしかない。どこまでリッピンングを怠けてたんだろうって。我が家には700枚くらいのCDがあるから、この調子ではリッピングをすべて終えるのに10年以上かかってしまう(笑)

まあ、ここ数年ずっと仕事も忙しかったし、MAJIK DS-Iを買った翌年に子供が生まれて自由時間も減っていたし、無理もなかったと言い訳もできるんだけど。それにしても週に1枚だけとは、あらためて自分自身に呆れてしまう。

最近は、こうなったらリッピングは今後も長期戦覚悟でやるしかないと、諦めの境地に至っている。それで、「久々に、あのCD聴きたいなあ」って思ったら、それをリッピングするという風に、少しずつやっていこう。1日1枚とかノルマ制にしても、絶対続かないと思うから。

そんなわけで、簡単にリッピングは終わらないものと完全に諦めたので、今頃になって、やっと新しいソフトをポツポツ買うようになっている。このあいだも、LINNの40周年記念アルバムを24bit/192kHzのFLACで買ってみた。やっとハイレゾ音源にも親しむようになってきたのだ。せっかくDSを使っているのにハイレゾを楽しんでこなかったなんて、その部分では宝の持ち腐れだ。

良いヘッドフォンを2つも持ってるんだし(ゼンハイザーHD598とベイヤーダイナミックDT250/80)、寝る前の限られた時間を使って聴いていこう。

よし、これからが私のDSライフの本番と考えたい。とりあえずは、MP3、CDクオリティ、ハイレゾといったフォーマットのことは、気にし過ぎないようにしたい。何はともあれ、じっくり音楽を楽しむこと。それが今の私には大事だと思っている。

おっと、また悪い癖で話がそれてしまった。アバドのことだった。

私が好んでよく聴いていたアバドの演奏というと、80年代にウィーンフィルとライヴ録音したベートーヴェンの交響曲全集、それにベルリンフィルと録音(88〜90年)したブラームスの交響曲全集である。どちらも全集としてまとめて買ったのではなく、1枚買っては「いいね!」、また1枚買っては「いいね!」とやっているうちに、結果として全集が手元に揃ってしまったのだ。

特にブラームスの一連の演奏は素晴らしく、とりわけ2番のシンフォニーなどはイタリア的歌心が横溢した名演である。イタリア的歌心などと言うと陳腐だが、とにかくそうとしか表現できないのだから仕方がない。この曲を同じイタリア人のムーティが指揮した盤も私は持っているが、こちらはちょっと華美というか、エレガントに過ぎる感もある。

その点、アバドの演奏は、イタリアの明るく伸びやかな旋律性と、ドイツ音楽にふさわしい雄大なスケール感やどっしりとした構築感が共存していて、とても楽しめるものになっているのだ(決してムーティのが悪いというわけではない)。

アバドのブラームスというと、やはりベルリンフィルを指揮してブレンデルと共演した2曲のピアノコンチェルト(1番は86年、2番は91年録音)、これらも素晴らしい演奏だ。

それから最後にもう1つ、ウィーンフィルとライヴ録音(87年)したマーラーの9番のシンフォニーも名演である。

細部が克明でありながら音楽全体は流麗に進んでいくのが、この指揮者の特徴のひとつだと思うが、この演奏はそれが最高の形で出ている。そして表現の振幅がとても大きく、最高のダイナミズムを聴かせてくれるのだ。しかも、それを決して大げさに感じさせないのがアバドの素晴らしいところである。終楽章の豊満とすら言える美しさ、それと対比をなす静謐感も素晴らしい。

録音のことを言えば、音の質感が実に自然で生々しい。ここはライヴ録音ならではの魅力で、いわゆるオーディオ的快感とはちょっと違うかもしれないが、本当に気持ち良く聴ける演奏なのだ。

もちろん他にも名演奏がたくさんあるに違いない。基本的にこの人は、常にハイレベルで安定した好演奏を繰り出してきたのだろうと思う。

生演奏も一度だけ聴いているが、やはり素晴らしかった。91年にヨーロッパ室内管と一緒に来日したときのコンサートで、プログラムのメインはシューベルトの交響曲第9番『ザ・グレイト』である。とてもフレッシュで、きびきびとした魅力的な演奏を聴かせてくれた。今となっては良い思い出だ。

ところで、現在ベルリンフィルを率いるサイモン・ラトルの追悼コメントの中で、特にこの最後の数年の演奏は超越的だった、とあったから思わず晩年の演奏も聴いてみたくなった。

アバドは幸い、たくさんの録音を私たちの前に残してくれている。その美しくかつ膨大な遺産を、これからもみんなで聴き継いでいきたいですね。

by raccocin | 2014-01-26 23:49 | 音楽とオーディオが好き


考えることが好きで、のんびり屋。5歳男児の父。音楽、映画、アート、コーヒー、それにワインを愛します。完全禁煙のお店も好き。


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