ワインを買って、村上春樹について考える

先日、スーパーでチーズを買おうと思ったら、チョコレートチーズデザートなるものを見つけたので買ってみた。雪印とロイズがコラボして作ったものだという(食べてみたら全然おいしくなかったのでお薦めはしない)。

チーズを買ったついでにワインも買った。ボルサオ(BORSAO)というスペインのワインである。気軽に買えるテーブルワインだが、「ロバート・パーカー絶賛」と書かれた札が瓶の首に掛かっていたから、試しに買ってみたのである。ロバート・パーカーは世界的に影響力のあるワイン評論家で、私がこの人の名前を知ったのは、福田和也の書いた本によってだった。

それは『作家の値うち』という本で、ワイン評論家のパーカーがワインを点数で評価しているように、小説を点数で評価しようと試みた野心作である。この本の中で福田和也は、日本文学における現役作家の中から、純文学作家50人、エンタテインメント作家50人をそれぞれ選び出し、主な作品を100点満点で評価しているのだ。

小説を具体的な点数で評価するという試み自体が前代未聞で、これは過激で面白そうな本だと思って手に取ったのだ。もうだいぶ前に読んだ本だし、既に売ってしまって手元にはないので細部は覚えていないが、なかなか楽しく読ませてもらった。ただし、私はエンタテインメント系の小説をほとんど読まない人間なので、エンタテインメント作家の評価に対しては、それが妥当なものなのかどうか、まったく分からなかった。

さて、世間では福田和也のことを嫌いな人も結構いるようだが、私は、彼が普段どんなことを言っているのかよく知らないので、特に好きでも嫌いでもない。しかし、本書の中で彼は村上春樹を非常に高く評価していて、その点においては極めてまともな感性を持った人だと、当時の私は思ったものだ。

春樹のことを過小評価する、というか、ほとんど嫌っている批評家や作家もいる中で、この福田和也の春樹に対する高評価には、思わず膝を打ったのを思い出す。

さて、だいぶ前のことだが、エンタテインメント系の小説をあまり読まない私が、試しに東野圭吾の小説を読んでみたことがある。とてもよく売れている人だから、きっと面白いのだろうと思ったのだ。読んでみると、たしかに物語は大変面白い。しかし、彼の文章を読むことそのものに何か快感を覚えたかと言えば、まったく覚えなかったというのが実感である。

私は、物語が面白いかよりも、どちらかというと文章を読むことそのものがもたらす快楽を重視する質なので、いわゆる純文学のほうが好きなのだ。

乱暴な言い方をさせてもらえば、文章は良いが物語はさほど面白くない純文学とか、物語は面白いが文章自体は魅力が薄いエンタテインメント小説、というのはたくさんあるだろう。

かつて村上春樹が米国の作家ジョン・アーヴィングと話したとき、「読者を自分の文体の中毒にしてしまうことが大事なんだ」という趣旨のことを、アーヴィングが語ったらしい。いったん中毒にしてしまえば、読者は新刊が出るのを心待ちにしてくれる、と。

村上春樹の独自性の一面は、まさしく、その文体の魅力にあるだろう。
彼の文章というのは、不思議なくらい淀みなくスラスラと読めてしまう。これは、物語が面白過ぎてページをめくる手が止まらない、というのとは少し違う気がする。むろん、彼が書く物語は抜群に面白いのだが、何よりも文章自体が持つリズムとかテンポに秘密があるように思う。
別に、ものすごくリズミックな文章だというわけでもない。むしろその逆で、強調感がまったくなくて、リズムが良いかどうかということ自体が読んでいる人間の意識に上らないくらい、きわめてナチュラルなリズムでありテンポなのだと思う。

文章そのものが、そうした無意識的なリズムの良さを持っているからこそ、彼独自の比喩や哲学的な言い回しが、嫌味にならずにスッと心の中に入ってくるのだと思う。彼の小説は、現実にはありえない出来事が起こったり、ありえない物事が現れるというファンタジー性も持っているが、それらを不思議なくらい自然なこととして読者が受け止めてしまうのも、その文体の持つ魔力ゆえだろう。
読者は、その文章から生み出される彼独特の静かで濃密な世界にすっぽりと入り込み、他の場所では得られない快さを味わうのだ。

いわゆるハルキストというのは、まさにそうした春樹の「文体中毒」になってしまった人たちなのだと思う。
かく言う私自身は、胸を張って「自分はハルキストです」と宣言できるほどの熱狂的なファンではないが、やはり彼の作品が持つ独自の世界に絡め取られてしまっているのは事実だ。

そして彼の素晴らしいところは、そうした文章の持つ魅力のみならず、(上にも書いたが)物語が抜群に面白いことである。大ブームを巻き起こした『1Q84』など、まさしく純文学のクオリティを持つ文章によって最高のエンタテインメントを綴ってしまったという、ある意味奇跡的な作品だった。

かと思えば、例えばデビュー作の『風の歌を聴け』のように、ほとんどストーリーらしきものが存在しないような、短い断片をつなぎ合わせたような作品であっても、その文章の持つクールな感覚やポップで美味しい言葉でもって、読む者を魅了してしまうのだ。

他にもエッセイだって面白いし、レイモンド・カーヴァーを翻訳した一連の作品集も最高に素晴らしい。
まあ要するに、村上春樹は現代に生きる天才だ、ということである。

by raccocin | 2014-09-14 23:02 | 本と雑誌で心の旅を


日々の想いをつらつらと。音楽、映画、アート、コーヒー、それにワインを愛します。


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